地下アイドルから有名グループ出身まで、世の中には数多の元アイドルがあふれている。ソロでタレント活動を続ける者、そのまま芸能界から引退する者など卒業後の道はさまざま。そんな中、ファンに囲まれた華やかなステージを離れ、アルバイトをしながら強い覚悟で役者の道を切り拓こうとしているのが、元SKE48の磯原杏華(26歳)だ。これまで舞台を中心に活動していたが、8月19日公開の映画「超伝合体ゴッドヒコザ」にメインキャストとして出演を果たした。
コアなファンであれば、彼女がAKB48選抜総選挙で圏外から3年連続でフューチャーガールズ(49~64位)にランクインし、2015年にSKE48の17thシングル「コケティッシュ渋滞中」で初めて選抜入り、翌16年に卒業したことを記憶しているかもしれない。しかし、一般的には「元SKE48」という肩書がなければ、誰だか分らない無名の存在だろう。そんな彼女に今作への意気込み、グループ卒業後も地道な努力で役者の道を目指し続ける理由を聞いた。
――今作はバカ映画の巨匠・河崎実監督による特撮作品、愛知県幸田町の町おこし映画でもあるようですね。
そうなんです。愛知県幸田町にある超宇宙科学研究所(UISAS=ウイサス)を舞台に、「三河物語」を著した大久保彦左衛門の子孫が、400年の時を超えて男女合体ロボット・ゴットヒコザに変身して、邪悪な宇宙人・シャチホコーンと戦うストーリーです。私はウイサスの新人研究員・音無優里亜役で出演しています。
実は私や主人公の彦左衛門の子孫・忠雄役の八神蓮さん、シャチホコーン役のイジリー岡田さんらメインキャストは全員が愛知県出身者なんです。映画には幸田町の皆さんがエキストラ出演してくださり、幸田町の観光スポットも紹介しています。この映画を通じて、幸田町の魅力もお届けしたいと思っています。
――磯原さんにとって、どんな作品になりましたか。
映画のメインキャストを演じさせていただくのは今作が初めて。しかも、地元で撮影できたことが、とてもうれしかったです。子供の頃は「プリキュア」に夢中で、変身に憧れがあったのですが、実は私が演じる優里亜もゴットヒコザの変身に関わっています。撮影では変身ヘルメットも装着できましたし、夢が1つ叶って幸せです。
――「B級特撮映画」と銘を打っていますが、ロボットや怪獣の着ぐるみは意外にもハイクオリティーでびっくりしました。
すごいですよね。ゴッドヒコザには3段階も変身形態がありますし、敵のチョウザメ怪人・ザメチ、シャチホコーンもすごく格好良い。変身ヘルメットなど小道具も細部まで作り込んであるんですよ。私も初めて特撮の裏側を見ることができて、興味津々でした。撮影中はまだ効果音やCGが入っていないので、格闘シーンはスーツアクターの方が「シュッ、シュッ」って口に出しながら戦っていて、結構シュールでした(笑)。こうやって撮影するのか! って勉強になりました。
――SKE48在籍時から「将来の夢は女優」と口にしていました。役者の道を歩もうと思ったのはなぜですか。
ドラマがすごく大好きで、小学生の時から俳優になりたくてオーディションを受けていたんです。だから、最初はアイドルになる気はなかったんです。でも、なぜか家にSKE48オーディションの書類審査の合格通知が届いたんですよ。「SKE48って何?」って、びっくりしていたら、実は親が勝手に応募していたんです(笑)。当時はまだ12歳でしたし、東京に出る選択肢はなかったので、まず地元で芸能活動ができるのならって考えて、アイドルをやってみることにしました。でも、結果的にはお芝居に近づける道ではなかったんです。SKE48ではアイドルを一生懸命にやることで精いっぱいでしたから。
――2009年に2期生オーディションに合格。当初、選抜総選挙は圏外でしたが、13年から3年連続で当選。15年にはSKE48の選抜入りも果たしました。これからを期待された矢先の卒業でした。
7年近くアイドル活動をして、「やり切れたな」と思えた瞬間が選抜入りでした。ファンの方の応援のおかげで、ついにA面を歌うことができ、いろいろな歌番組に出演させていただくことができました。やっとアイドルとしての華やかな姿を見せることができたし、応援してくれたファンの方に恩返しができたなって。もともと俳優をやりたかったので、アイドルとしての目標は果たせたと思ったんです。
――卒業してから6年間、お芝居に打ち込んできました。演技力を磨くために心掛けていることはありますか。
私は12歳からアイドルをしていたので、普通の学生が経験する部活やアルバイトをしたことがありませんでした。人物を演じるためには、自分を知ることが大切ですし、いろいろなタイプの人を知ること、コミュニケーションも大事です。だから、まず自分の喜怒哀楽を覚えておくために日記をつけるようにしました。
あと、普通の日常を知るためにアルバイトもしています。最初はシフトの出し方すら分からなくて、あたふたしましたけどね(笑)。カフェやパン屋さん、餃子屋さん、牛カツ屋さんなどの飲食店、テレアポの仕事もしたことがあります。アルバイト経験のおかげでカフェ店員役のオーディションに合格できたこともありました。今では私より年下の子と働くことも増えましたが、Z世代の若者の価値観を知ることもできます。やっぱり俳優以外の仕事を経験することは、演技にプラスになると思います。
――やりがいだけでなく、大変なこともたくさんあるかと思います。
俳優という仕事はすごく楽しいと同時に、本当に難しいなって思います。アイドルの時は劇場というホームがあったので、どんなことが起きても劇場で歌って踊ることができました。でも、俳優はオファーをいただくか、オーディションに合格しないとお芝居ができません。しかも、これまでは年に6本くらい舞台をやらせていただいていたのですが、コロナ禍で公演自体が中止になることも増えました。だけど、悪いことだけではなく、映画との新たな出会いもありました。これからは映像作品にも力を入れて、もっと経験を積んでいきたいと考えています。
――最後に俳優としての目標を聞かせてください。
正直に言えば、「元SKE48」という肩書きではなく、「俳優・磯原杏華」として売れたいというのが本音です。でも、アイドル時代を振り返ると楽しい思い出の方が多いし、当時から私を応援し続けてくれるファンの方もいます。やっぱり元SKE48であることは私を語る上で欠かせない一部になっています。
そして、人生において「続ける」という選択をするのは、とても大きな決断です。そのことに気付かせてくれたのは、アイドルをやめて、俳優という道を選んだ私を「応援し続ける」という選択をしてくれたファンの方々です。私はお芝居が大好きだし、ファンの方を裏切ることはできません。だから、どんなに大変なことがあっても、この道を歩み続けていきます。
(構成=中野龍/フリーランスライター)