経営者、大手企業の役員、医師、弁護士……社会的な成功者には「愛人」がいるのではないかと勘ぐりたくなるのは、世の中の常というもの。VIP相手に愛人紹介をビジネスとしていた清宮こころ氏が9月、過去の記録をまとめた『愛人という仕事』(イースト・プレス)を上梓した。
衝撃の内容とともに、
・綴られている愛人ビジネスの実態
・愛人を抱えることができる人とできない人の違い
・愛人になりやすいタイプの女性
など、男女両方の視点から鋭い意見を語ってくれた。
–清宮さんが手広く愛人紹介ビジネスをやっていたのは2000年代初頭だそうですが、当時日本経済は下り坂で、経営者は生き馬の目を抜くような状況を過ごしていました。それでもビジネスは盛況だったんでしょうか?
清宮こころ氏(以下、清宮) あの頃は、確かに不景気とか就職難と言われていましたが、六本木ヒルズができたりITバブルが起こったりした時期でもあるんです。六本木ヒルズにゴールドマン・サックスが入って外資系証券会社の存在が広く認識され、世間が不況でも、あのあたりは絶頂でした。まさに格差が生まれた時期だったのかもしれません。私のビジネスは、そうした格差社会の勝ち組と呼ばれる人たちに支えられていたという感じですね。
–愛人ビジネスを始めたのは、いつからですか?
清宮 大学生のときからですね。生活のために夜のお店で働き出したんです。
–女子大生から夜の世界に入って、抵抗はなかったのでしょうか?
清宮 サラリーマンだった父が不動産投資と株投資に失敗したことで、大学の学費を稼ぐためには自分で働くしかないと思いました。最初は外資系ホテルでウェイトレスをやっていましたが、ある時テレビで銀座のホステスを扱った番組を見て、直感的に「私は絶対この世界だ」と思ったんですよね。銀座に買い物に行った夜に、高級クラブの前を通ると「この店の中で日本経済は動いているんだ」と肌で感じたんですよ。
–銀座での仕事は、最初から軌道に乗ったのですか?
清宮 最初の3カ月は、週3回しか出勤できないのでヘルプ回りしかしていなかったのですが、次の店に移ったときに、前の店でついたお客さんを連れて行って自分の担当にして、さらにそこで見つけたお客さんも自分のお客にして……というのを繰り返していったんです。
–正しい水商売のやり方ですね。それがどのようにして、愛人ビジネスにつながっていったのでしょうか?
清宮 3カ月単位で店を移っていたのですが、決定的にノウハウを知ったのは、西麻布のVIPを対象にした会員制高級クラブで働いたときです。私は英語ができたので、外資系企業の日本支社長や接待で連れてこられた外国企業の要人などのお相手をしていました。その中にVIPをいっぱい紹介してくれる人がいて、その人がキーマンになって人脈が広がっていった感じですね。次第に「女の子を紹介してほしい」とお願いをされるようになったんです。
–キーマンとの出会いをきっかけにして人脈が広がったとのことですが、愛人紹介業は具体的にどのようなシステムだったのでしょうか?
清宮 まずは、人脈の中でも確かな筋から紹介いただいたお客様の希望を聞いて、それに見合った子をこちらで用意する。シンプルにそれだけなんです。女の子はスカウトすることもあるし、すでに経験のある子がやることもあります。
–VIPがお客さんということは、お金の面でも相当儲かったのでしょうか?
清宮 入会金と、お客様が店で私に落としてくれるお金が収入になります。企業の人が銀座のお店で飲む場合、個人のお金として支払うよりも、接待費として会社持ちにしたほうが精算しやすいんでしょう。私のほうはそれが売上になるので、十分な利益になります。それ以外にも直接謝礼として「タクシー代」という名のお小遣いを何度も頂きました。
–愛人を紹介し、それが評判になって人脈が広がり、入会金制度を設けたことでシステマチックになっていったわけですが、基本的には愛人になりたい女性と愛人が欲しい男性を仲介するマッチングサービスなわけですよね。そのシステムを考案したのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
清宮 そもそもは、入会金制度を設けるきっかけとリンクするんです。赤坂のあるお店は、入会金として15万円払わなければならなくて、払うと鏡月のボトルが15本並ぶんですよ。世の中にはコンサルタントという仕事がありますが、飲み屋にも会社の社長から「うちの顧問の先生」「うちのコンサルさん」などと呼ばれている、よくわからないおじさんが来たりするんです。そういう人たちに、実際何をやっているのか聞いてみたら「人を紹介してあげているだけ」と言われて、「そういうことがビジネスとして成立するのか」と思ったわけです。弁護士は顧問料をもらってお客さんの法律の相談を受けますよね。私もお金をもらって恋愛の相談を受ければいいのだと考えたんです。
–コンサル業務にお金が発生することを知って、愛人ビジネスに応用したと。
清宮 そうですね。00年当時は、アメリカから「コーチング」(対話で相手の自己実現や目標達成を促すための技法)が入ってきてブームになりかけた時期なのですが、日本にはコーチングができる人材が少なかったんです。テレビで、企業の社長が愚痴を聞いてもらうために毎週決まった時間にコーチに電話をしている様子を見て、「ああ、そういうことなんだな」と思いました。私も女性を紹介するだけではなく、顧客から昼食に呼ばれたら、行って話を聞くようにしていました。