今、最も影響力のある経済学者の一人といえば、フランス人のトマ・ピケティ氏だろう。パリ経済学校の教授で、22歳で経済学の博士号を取得したという天才だ。
2013年にフランス語で出版された“Le Capital au XXIe siecle”は書評を中心に本国で話題となり、英語に翻訳されるとアメリカでわずか半年の間に50万部を売り上げたという。そして2014年12月に日本語訳が『21世紀の資本』(みすず書房/刊)として出版され、現在までに13万部。6000円近くする本がここまで売れるのは異例の出来事である。
ピケティ氏の研究手法は経済学だけにとらわれないものだ。テーマは所得格差の拡大、つまり、貧富の差はどのように広がってきたのかということだが、それを200年ものデータを積み重ねて実証研究を進める。歴史学、文学、社会学、政治学などさまざまな学問を横断しており、そのデータ量は圧倒的だ。
しかし、「興味はあるけれど、ちょっと700ページは読めない…」「高くて手が出せない」という人も多いはず。
『21世紀の資本』の解説書はいくつか出版されているが、その中でも『トマ・ピケティの新・資本論』(村井章子/訳、日経BP社/刊)は、ピケティ氏がフランスの新聞「リベラシオン」に連載していた時評を一冊にしたものなので、ピケティ氏がどのような考え方をしているのか、本人の文章でエッセンスを吸収することができる。ひとつひとつの時評は4ページ前後で短くまとまっていて、とても読みやすい。時事ネタに疎くても、丁寧な訳注がカバーしてくれるので、これからピケティを学ぼうという人にとってはうってつけだ。
■ピケティはリーマン・ショック後、何を考えていたのか?
この『トマ・ピケティの新・資本論』は2005年から2014年までの10年間の時評が発表順に収録されている。例えば2008年9月に起き、世界的な大不況をもたらしたリーマン・ショックの最中でピケティ氏は何を考えていたのだろうか?
本書にはリーマン・ショックが起こった直後の2008年9月30日に掲載された時評が収められている。
「金融危機は、経済における国家の復権につながるのだろうか?」という問いかけから始まるこの時評では、1929年に発生した世界恐慌から現在に至るまでのアメリカ政府における金融市場介入の歴史を辿りながら、その問いに答えている形になっている。
ただ、この80年間で世界の情勢はがらりと変わっており、1930年代と現代で同じ策を打つことはできない。金融のグローバル化が進んだ現代のほうが複雑であり、経済における国家の復権を達成するためには「あと何回か危機が必要」というのが、ピケティ氏の見方だった。