悪い奴=部下は悪いまま生かして、最大限の成果を引き出せ!
これらのアイデアはいずれも、ただ真面目にオフィスの中に閉じこもって知恵を絞っていては、生まれない発想だった。彼がミュージックの世界に溺れ、部屋を思いっきりおしゃれにし、女友達と広く深く付き合い、他業界の観察、タウンウォッチングなどに”真剣に”取り組んでいたからこそ、もたらされたアイデアなのだ。遅刻をしたり、行方不明になったりしたのは、このような生活で人よりも「忙しかった」からだろう。
加えて彼は、ただアイデアを出すだけでなく、商品化に向けての「抵抗勢力」の説得についてもぬかりはなかった。それは、部内の若手や女性社員の圧倒的な支持によってもサポートされたことはいうまでもない(もちろん最終的にはマネジャーの筆者が裁断したのだが……)。
パナソニック創業者・松下幸之助氏も「『酒飲み』に酒飲むな、というと仕事もしなくなる」と言ったそうだが、A君が優等生ならこのような仕事はできなかった。
その後も、彼の勤務時間中の「行方不明」には困っていたのだが、そのうちフレックスタイム制や在宅勤務制が始まって、彼の「行方不明」が必ずしも「悪い」ことではなくなったのである。彼に先見の明があったのか。ところが、こうした制度の導入と同時に、彼のアイデアもホームラン性のものがなくなり、シングルヒットが多くなったのは残念だった。世の中を少しでも変えるようなビッグアイデアは、温室の中で生まれるものではなく、ある種の緊張関係の中からしか生まれないということなのかもしれない。
フレックスタイムや在宅勤務が一般化しているが、ビジネスマンはこの「自由」を単に「楽になった」とか、「効率が上がる」「家族と過ごせる」などと喜ぶだけでなく、「好奇心」や「冒険心」の塊となって、日常世界からはみ出すために活用すべきだと思う。
週休2日も、半分はそのことを狙うものであった。日本で初めて週休2日制に踏み切った松下幸之助氏は、その狙いについて、「1日は、高能率で激しくなった勤労の疲れをいやし、あとの1日は積極的に羽を伸ばして、人生やビジネスを豊かにしてほしい」と筆者たち社員によく言っていた。
日常世界からはみ出るというのは、例えば、
「趣味の世界に徹底的にのめり込む」
「ボランティア活動をする」
「セカンドビジネスを始める」
「転職の準備をする」
というようなものだろう。こうした「はみ出し」が却って、人や情報との出会いを生み、人生やビジネスに思わぬ結実を生むこともあるのだ。
確かに、怠慢やルール違反を見逃して規律を乱すわけにはいけない面はある。しかし、その規律に見えるものが、実は過去の成功体験や慣習の保持、上司の保身のためのものが多いのである。A君の例のように「悪い奴」が、非難や抵抗をくぐり抜けて突っ張らなければ世の中は変わらない。かといって、「悪い奴」をことさら「庇護する」のも問題だ。
大変革が必要な日本企業のリーダーは、清濁併せのむ腹芸で「悪い奴」の動きを察知し見守り、革新の芽を摘み取らないことが肝要だ。
(文=大西 宏/コンサルタント ビジネス作家)
●大西宏(おおにし・ひろし)
パナソニック元営業所長、元販売会社代表。同社サッカー部長時代はガンバ大阪発足の陣頭指揮を執り、釜本邦茂監督を招聘した。退職後は関西外国語大学教授などを歴任し、現在、キャリアカウンセラー、産業カウンセラーとして企業や現役ビジネスパーソンのサポートを行っている。