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ブレイク中「今でしょ!」先生の波瀾半生が話題に〜ギャンブルで借金、生徒集まらない…

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『いつやるか? 今でしょ!』
(宝島社/林修)
 トヨタ自動車のテレビCMでの「今でしょ!」のセリフで注目を集めている、大手予備校・東進ハイスクール講師の林修氏(現代文)が、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系/3月29日放送)に出演し、大きな挫折を含む半生をせきららに語り、話題を呼んでいる。

 林氏の生徒を含め、今春東京大学に合格したばかりの学生が多数集まったスタジオで収録された今回の放送は、林氏の半生を再現したVTRが流され、それについて出演者や林氏がコメントするかたちで進行した。

 番組によると、林氏は1965年に名古屋で生まれ、父はのちに大手酒造メーカー・宝酒造副社長まで務め、祖父は現在の日展(日本美術展覧会)に連続10回入選するほどの、日本を代表する歴史画家・林雲鳳という家庭環境で育ち、幼稚園時代には毎日黒塗りの車がお出迎えするほど裕福な生活だったという。

 小学校に上がると図書館にある歴史書を片っ端から読みあさり、「3年かけ、第56代清和天皇から今の自分に至るまでの膨大な家系図を作成した。それが小学生時代の日課だった」(林氏)という。そして、受験勉強ゼロで名古屋トップの進学校・東海学園(中高一貫)に入学し、東海中学校時代には大学受験レベルの勉強をするほど、勉強ができた。

 そのため、親からは「勉強しなさい」と言われたことはなく、「勉強以外のことをしなさい」と言われ、東海高等学校に入学するとギターやラグビーに取り組むが、肥満体型だったこともあり断念。そこで、「自分には勉強しかない」と思い直した林氏は東京大学に入学することを決意するが、全国模試1位の林氏にとって東大入試はラグビーでボールをキャッチするより簡単なため、合格発表当日は発表を見に行かないほど楽勝で東大法学部に入学した。

 そして林氏は東大時代、家庭教師のアルバイトを通じて、現在の予備校講師としてのキャリアにつながる、「勉強を教える」という自分の才能に目覚める。林氏は、当時について次のように語る。

「生徒を見ていると、できない原因がどこにあって、できるようにするためにどのようなプロセスをとるべきかという“組み合わせ”がすぐにわかる」

 林氏は才能を生かし、学校内で最下位レベルの成績の生徒を、短期間でトップレベルにまで引き上げたケースもあったため、林氏の評判は広がり、家庭教師をいくつも掛け持ちし、3度の食事を生徒の家庭でごちそうになり、学生にして月収が50万円にもなった。

 89年、東京大学卒業後は、日本長期信用銀行に入行し、エリート銀行員としての道に進むも、わずか数カ月で退社。その理由について林氏は番組内で、次のように話している。

「入行してすぐ、(長銀が描く)右肩上がりの図がどうなるかをずっとシミュレーションしていた。最初の1週間で『この会社は潰れる』と確信した(編註:のち98年に実質破綻)。それがわかったら、もうそこにいる意味はなかった」

 しかし、退社後には林氏にとって人生1つ目の大きな挫折が待っていた。競馬や株などのギャンブルに明け暮れ、「少し儲けたら、大きく損をする」の繰り返しで多額の借金をつくり、3年間ほど自堕落な生活を送った。林氏は当時について「ほとんど記憶がない」と語っている。

 そうした中、一念発起し社会復帰を目指した林氏は、東大時代の家庭教師のアルバイトを通じて見つけた自分の才能である「勉強を教えること」を仕事にするため、塾講師の仕事につき、1992年、ついに現在所属する東進ハイスクールへ転身、予備校講師となる。

 予備校講師は、プロ野球選手のように1年毎の契約更新であり、人気が出ないと契約を切られるという厳しい世界。林氏は生き残るため、過去10年分の東大入試問題を分析するなどして、ついに「東大特進」クラス担当に抜擢された。

 だが、林氏はそこで人生2つ目の挫折を迎える。授業に生徒が集まらないのだ。

「生徒が『あんなわけのわからないヤツの授業なんか出ない』と言って、僕の授業中なのに自習室で遊んでいる」(林氏)

 なんとか生徒たちを振り向かせようと決意した林氏は、よりいっそう授業の準備を入念にするとともに、生徒のやる気を引き出すため、歴史上の偉人の金言などを調べて、授業で紹介したりした。その結果、生徒が戻ってくるとともに、短期間で「東大特進」の受講生は数倍になった。