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「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第2部>」第39回

経済社会小説をユダヤ問題と勘違いして書籍広告を拒否 事なかれ主義が蔓延する大手新聞社

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「Thinkstock」より
 【前回までのあらすじ】
 見て見ぬふりをするのが “常識”の政治部記者のなか、業界最大手の大都新聞社の深井宣光は特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞した。深井は、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の1通の封書が届いた。ジャーナリズムと無縁な経営陣、ネット市場の急成長やリーマンショックにより広告が急減、部数減と危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そしてその封書は、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。旅行に出ていた吉須と4ケ月ぶりに再会し、吉須から例の封筒について話を聞こうと画策する深井だったが……

 独演会がひと段落した時には、吉須晃人は牛鍋の三皿目を3分の2近くひとりで平らげていた。

 「もう、帰ります?」
 「いや、もう一軒、静かなところに行こう。ちょっと、面白い話があるんだ」

 深井宣光が水を向けると、吉須はそう言って、手を上げた。配膳係のおばさんに支払いを済ませると、店を出た。向かった先は歩いて5分ほどのホテルだった。

 「リバーサイドホテルですか」
 「そう。そこ。もしかしたら、エキサイティングな場面に遭遇するかもよ」

 身長160cmそこそこで小柄な深井に対し、吉須は170cmを超すがっちりした体格。吉須が少し急ぎ足で歩くと、深井は並んで歩くのがやっとで、何も聞かずに吉須に従った。

 リバーサイドホテルに着くと、二人はロビーの右手にあるエレベーターホールに向かった。エレベーターに乗ると、最上階の25階のボタンを押した。

 25階のスカイラウンジには「リバーサイド・スコッチ」というバーがあった。エレベーターを降りると、「人形町もそうだけど、この辺は穴場なんだよ。銀座、赤坂、六本木あたりだと目立つけど、ここだと目立たない」と言いながら、バーに入った。

 午後8時前ということもあり、広いフロアに3組のカップルが居ただけだった。吉須は中をきょろきょろ見回し、出入口から一番離れた窓際の4人掛けのボックス席を選んだ。

 「深井君、外が見えにくいけど、そっちに座ってくれないか」
 吉須が斜めに窓を背にした席を指した。
 「いいですよ」

 深井が席に着くと、吉須はその隣、窓からビルの谷間に隅田川の流れを望める席に座った。そして、スコッチの水割りとナッツを注文した。ボーイが下がるのを見て切り出した。

 「そこの席だと、入口から入ってくる客が見えるだろ」
 「見えますね。でも、入口のところだと、少し暗いから見にくいかもしれませんが…」
 「少し中に入って、天井の照明の下に来れば見えるだろう」
 「そうですね。でも、なぜですか」

 「まあ。それは後のお楽しみだ。もっとも、お楽しみは起こらないかもしれないけどな」
 「でも、面白い話はなんですか」
 「まあ、待て。ボーイがスコッチを運んできたら話すから。それまで隅田川の夜景でもみてろよ。ビルばかりで川はあまり見えないけどな」
 「確かに穴場ですね」

 深井がこうもらしたとき、ボーイがスコッチの水割りとナッツを運んできた。二人は水割りのグラスを軽く上げた。吉須はナッツをつまみながら話し出した。

 「実はね。今日、資料室に行く前、大都本社の近所で君も知っている奴に会っていた」
 「誰ですか」
 「丹野(顕雄=たんのあきお)君だ」

 吉須と丹野は同い年の昭和48(1973)年入社で、出身大学と就職した新聞社は違うが、都内の有名私立高校の同窓同期だった。一浪して大学に進んだのも同じだ。

 現在、丹野は大都常務執行役員で、名古屋駐在の中部本社代表を務めているが、二人は片や日亜、片や大都で一時期、経済部のエース記者として名を馳せ、特ダネを競った。そんなこともあって、二人は“犬猿の仲”と噂されていたのを、深井も聞いた記憶があった。

 「え、吉須さん、丹野さんと差しで会うんですか。“犬猿の仲”という噂ですけど…」
 「そんな噂、俺も聞いたことある。でも、高校時代からの腐れ縁でもあるんだ。ここ5年くらいは時々会って飲んだりもするんだな」
 「どういう風の吹きまわしなんですかね」
 「俺は変わっていない。丹野が変わったんだ。同じ大都だから、君の方が知っているんじゃないか。入社年次は1年下の49年だろ」

 「ええ。でも、政治と経済で畑が違いますから。ただ、年齢の近い連中の間では『丹野は牙を抜かれた』とか『執行役員で外聞はいいが、言ってみれば飼殺し。カネに困るわけでもないのに、なんでしがみついているのか理解できない』とかいった陰口は聞きます」
 「学生時代からずっとそうなんだ。高校時代から学生運動に染まり、大学でも全共闘の活動家だったけど、3年の時に足を洗って就職してしまった」

 「昔、同期の経済部の奴から、丹野さんが飲むと、活動家時代の自慢話をよくすると聞いた記憶があります。でも、30歳代半ばくらいからあまり言わなくなったようですね」
 「そうだろう。そこが名門出身の奴の限界なんだ」

 丹野は、東洋電機会長時代に経済界の元締めといわれる全産業協会連合会会長(全産連会長)を務めた丹野鎮雄(しずお)の孫である。父親の丹野顕一(けんいち)も大手生保3社の一角を占める東和生命で社長・会長を務めた。

 「全産連会長の係累だからですか」
 「そうさ。執行役員の肩書でもあれば、ファミリーで肩身の狭い思いをしなくて済む。本当は大都新聞の内部で冷遇されていても業界外部にいる身内には分からないからな」
 「丹野さんより入社年次の下の奴が役員になっていますよ。もちろん、僕よりも下です」