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複雑化する同族企業の「後継者問題」(1)

ナッツリターン事件が助長する論拠乏しき「同族経営性悪説」 「世襲はダメ」の一般化は無謀

文=長田貴仁/岡山商科大学教授、神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー
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ナッツリターン事件が助長する論拠乏しき「同族経営性悪説」 「世襲はダメ」の一般化は無謀の画像1『俺の考え』(本田宗一郎/新潮文庫)より
「ナッツ・リターン」――この言葉はあまりにも有名になったので、今さら説明をするまでもないが、簡単に整理しておく。2014年12月5日、韓国・大韓航空の趙顕娥(チョ・ヒョンア)元副社長が、ニューヨークから韓国・仁川に向かう自社機内で、客室乗務員のマカデミアナッツの出し方が悪いとして激昂し、飛行機を引き返させた事件である。韓国中を巻き込む大問題に発展し、父の趙亮鎬(チョ・ヤンホ)・韓進グループ会長は同月12日、「私の教育が間違っていた」と謝罪した。

 ファミリービジネス(同族企業)の財閥10社がGDPの70%を生み出すという独特の経済環境を有する韓国のこととはいえ、15年4月から「後継者・起業家育成クラス」を岡山商科大学経営学部で立ち上げ名物ゼミにしようとしている筆者にとって、大変考えさせられる後継者問題だった。この原稿執筆段階では、同事件に関する裁判が始まったばかりだが、今後も注視していきたい。

●ファミリービジネス最大の悩みは「後継者選び」

 さて、経営者にとって最後の大仕事は後継者選びといわれるが、家族という要因が大きく関わるファミリービジネスにとっては、その悩みは極大化する。「ファミリービジネスの悩み=後継者選び」と言っても過言ではない。

「血は争えない」との言葉があるが、身体的特徴だけでなく、人間の性格や行動がDNA(遺伝子)に起因するところは大きい。この論からすると、経営者を親に持つ息子や娘は経営者に向いている、ということになる。しかし、会社を起こし一代で急成長させた経営者たちに話を聞くと、その人生を振り返る時、判で押したように「私は運が良かった」と口にする。その言葉を鵜呑みにすると、運が良かったことがすべてのように聞こえるが、謙遜していることを差し引いても、運がかなりの部分を占めているように思えてくる。

 戦後、焼け野が原から出発したベンチャー企業だった本田技研工業(ホンダ)やソニーがグローバルにビジネスを展開する大企業に成長した背景には、高度経済成長というバックグラウンドがあったことは否めない。だが、本田宗一郎や井深大、盛田昭夫という両社の創業者たちを見ていると、ビッグチャンスを掴もうとする時や難局に直面した時など、重要なポイントで適切な意思決定を行い、すばやく行動に移している。偶然にも良いチャンスに恵まれることもあるが、それにできる限りアプローチする戦略や努力は能動的であり、決して受動的ではない。そのような思考、行動の集積によってもたらされた結果を「運が良かった」と表現しているのであれば、その人個人の性格や行動が反映されているといえよう。もちろん、遺伝子によるところは大きいかもしれないが、育った環境、仕事を始めてからのキャリアなどが経営者の人格形成に少なからぬ影響を及ぼしている。

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