昨年10月、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が、「ハムやソーセージなどの加工肉を食べると、大腸がんになるリスクが高まる」というショッキングな発表を行いましたが、ほかにも同様にがんの発生リスクを高める食品があります。それは、明太子やたらこ、イクラなどの塩蔵魚卵です。これらを頻繁に食べている人ほど、胃がんの発生率が高くなることがわかっているのです。
そのことを明らかにしたのは、国立がん研究センター「社会と健康研究センター」の津金昌一郎センター長らの研究グループです。同センター長らは、40~59歳の男性約2万人について、約10年間追跡するという疫学調査を行いました。その結果、まず食塩摂取量の多い男性ほど胃がんの発生リスクが高まることがわかりました。従来から食塩の摂取量が多い県では、胃がんの発生率が高いことがわかっており、それと一致するものでした。
さらに、食品と胃がんの発生率との関係を調べた結果、明太子やたらこ、イクラなどの塩蔵魚卵を頻繁に食べている人ほど、発生リスクが高かったのです。調査では、塩蔵魚卵を「ほとんど食べない」「週1~2日」「週3~4日」「ほとんど毎日」に分類し、それぞれのグループの胃がん発生率を調べました。その結果、「ほとんど食べない」人の発生率を1とすると、「週1~2日」が1.58倍、「週3~4日」が2.18倍、そして「ほとんど毎日」は2.44倍にも達していたのです。
つまり、塩蔵魚卵をたくさん食べている人ほど胃がん発生率が高くなるという、比例関係になっていたのです。これは、塩蔵魚卵が間違いなく胃がんの発生率を高めていることを示しています。では、どうしてこんな結果になったのでしょうか。津金センター長は次のように分析しています。
「塩分濃度の高い食品は、粘液を溶かしてしまい胃粘膜が強力な酸である胃液によるダメージをもろに受けます。その結果、胃の炎症が進み、ダメージを受けた胃の細胞は分裂しながら再生します。そこに、食べ物などと一緒に入ってきた発がん物質が作用して、がん化しやすい環境をつくるのではないかと推測されています」(『がんになる人 ならない人』<津金昌一郎/講談社>)。
発色剤や着色料ががんを生むおそれ
ここでポイントとなるのは、その発がん性物質とは何かということです。ハムやソーセージなどの加工肉の場合、製品が茶色に変色するのを防ぐために発色剤の亜硝酸Na(ナトリウム)が添加されています。そして、それは食肉に含まれるアミンという物質と化学反応を起こして、発がん性のあるニトロソアミン類に変化します。それが原因で大腸がんの発生リスクが高まると考えられます。
ニトロソアミン類は10種類以上知られていて、いずれも動物実験で発がん性が認められています。なかでも代表的なN-ニトロソジメチルアミンの発がん性は非常に強く、わずか0.0001~0.0005%をえさや飲料水に混ぜてラットに与えた実験で、肝臓や腎臓にがんが認められているのです。
実は明太子やたらこなどにも、製品が黒っぽく変色するのを防ぐ目的で、亜硝酸Naが添加されているのです。しかも、魚卵にはアミンが多く含まれているため、ニトロソアミン類ができやすいのです。さらにニトロソアミン類は、酸性状態の胃の中で発生しやすいことが分かっています。ですから、それが胃粘膜の細胞に作用して、がんが発生しやすくなると考えられるのです。
さらに、もうひとつ発がんを促進していると考えられる化学物質があります。それは、明太子やたらこに着色料として使われている、赤色102号、赤色106号、黄色5号などのタール色素です。これらは、いずれも化学構造や動物実験の結果から、発がん性の疑いが持たれているものです。特に赤色106号は発がん性の疑いが強いということで、外国ではほとんど使用が禁止されています。
結局、明太子やたらこなどに含まれる多量の塩分によって胃が荒れ、それが修復される際にニトロソアミン類やタール色素が作用することによって、胃がんの発生率が高まってしまうと考えられるのです。
現在、市販されている明太子やたらこのほとんどには、無着色の製品も含めて、亜硝酸Naが添加されています。したがって、それらを食べればニトロソアミン類の影響は避けられないと考えられます。なお、無着色の明太子やたらこの場合、タール色素は添加されていないので、タール色素の影響を受けることはありません。
また、イクラは着色されておらず、亜硝酸Naも添加されていない製品が多くなっています。ですから表示をよく見て、亜硝酸Naが添加されていない製品を購入すれば、ニトロソアミン類やタール色素の影響を受けることはありません。
(文=渡辺雄二/科学ジャーナリスト)