先日、不妊治療によって五つ子を妊娠したにもかかわらず、胎児の数を減らす減数手術を受けたことにより、五つ子全員を失ったとして、夫婦が大阪市内の産婦人科病院を運営する医療法人と医師に対し訴訟を起こした。
今回の多胎妊娠(2人以上の胎児が同時に子宮内に存在する状態)は、妊娠率を上げるために排卵誘発剤を複数回投与したことによる結果だとされる。妊娠初期に医師の勧めにより減数手術を受けたものの、その後、残りの2児も流産してしまったという。
そこで改めて、不妊治療がもたらす多胎妊娠や減数手術のリスクについて、不妊治療専門クリニックのオーク住吉産婦人科の中村嘉孝医師に話を聞いた。
体外受精も選択肢
「五つ子を妊娠するのは、非常に珍しいケースです。今回、排卵誘発剤を投与したことによって、五つ子を妊娠したということですが、五つ子ができるということは、それなりの数の卵胞(卵子が入ってる袋)が投薬によって成熟していたのではないでしょうか。自然であれば通常1~2個しかできないところ、排卵誘発剤によって10~20個の卵胞ができると、多胎や卵巣が腫れあがるOHSS(卵巣過剰刺激症候群)になるおそれがあり、一旦、期間を空けるために体外受精に切り替えるべきではないかと思います」
特に不妊患者に多いPCO(多嚢胞性卵巣)という状態では、卵巣内に多くの卵胞ができやすく、そのまま排卵誘発剤だけで自然妊娠に臨めば、受精率も高くなり、多胎妊娠率が高くなってしまうという。体外受精であれば、受精卵の数をコントロールすることができるため、多胎妊娠率を抑えることもできるのだ。
しかし、不妊治療を望む患者の中には、自然妊娠を切望する患者もおり、その場合、仮にPCOになってしまっても、体外受精に切り替えない患者も多くいるという。
「体外受精と排卵誘発剤の大きな違いは、保険適用かそうでないかです。排卵誘発剤は保険適用になるため、保険がきかない体外受精に比べると、圧倒的に金額の差があります。そして、正常では卵子が育たない方が、排卵誘発剤を使用したことによって卵子が育てば、自然妊娠を望むケースが多く、リスク回避としての体外受精がなかなか受け入れられないのです」
病院の判断に委ねられる減数手術
そもそも、減数手術というのは、日本ではどう扱われているのだろうか。減数手術は人工中絶と違い、母体保護法の規制対象となっていないため、その判断は病院の判断に委ねられる。厚生労働省の審議会は減数手術に関し、「原則行われるべきではない」としつつ、2003にまとめた報告書で、次のように見解を示している。
「多胎妊娠の予防措置を講じたのにも関わらず、やむを得ず多胎(四胎以上、やむを得ない場合にあっては三胎以上)となった場合には、母子の生命健康の保護の観点から、実施されるものについては、認められ得るものと考える」
今回、五つ子の減数手術であったが、原告側は五つ子のなかに一卵性が2組含まれており、それを医師が見落としたことが原因で、残した2児も流産したと訴えている。一卵性に減数手術を施した場合、二卵性に比べるともう一方も流産する可能性が高いといわれているのだ。
「確かに、一卵性は胎盤を共有しているため、減数手術を行った場合、もうひとりが亡くなる可能性は高いです。しかし、そもそも減数手術はリスクが高く、減数手術を受けたことによって、すべて失ってしまうことも多々あります。子宮内で、胎児は羊膜で分かれているのですが、五つ子になると、数が多すぎて、どれが一卵性かわからなくなることはあります【筆者註:一卵性のなかでも、まれに羊膜が分かれていない一絨毛膜一羊膜があり、この場合は一卵性であることがわかる】」
多胎妊娠をしてしまった場合、早産や妊娠高血圧症候群など母体への影響が大きく、また、胎児の数が多ければ多いほど、胎児が低体重で出生したり、死産という結果になる場合もある。
これは不妊治療のリスクといわざるを得ない。今後、多胎による減数手術が増加すれば、倫理観の問題も出てくるはずだ。まさに今、生殖医療の根幹を揺るがす事態が起こり始めているのではないか。
(文=松庭直/フリージャーナリスト)