医師偏在の議論が進んでいる。厚労省は若手医師が保険医の資格を取るにあたり、医師不足地域での勤務を義務づけることを法制化する方向で調整を進めている。また、日本内科学会や日本外科学会などの医学系学会は、専門医教育のあり方を「改革」しようとしている。
この「新専門医制度」では、日本専門医機構という第三者機関が専門医資格のあり方を規制する。具体的には、地元の大学病院をトップに、関連病院を系列化する。地域の病院は大学病院から医師を派遣してもらうことになり、従来型の医局が復活する可能性が高い。時代錯誤な手法だが、厚労省はこの動きを応援してきた。
筆者は、このような動きをみて暗澹たる気持ちになる。なぜなら、このような施策は意味がないからだ。医師偏在の是正と若手医師の教育システムの改善は本来、別問題だ。両者を一緒に議論することは、思わぬ弊害を招く。冷静な議論が必要だ。まずやるべきは、現状を正確に把握することだ。そして、すぐにできることから始めるべきだ。
被災地の産科医不足
日本の医師偏在には2つの側面がある。1つは都市と地方の問題だ。たとえば、筆者が活動している福島県では、まさにこの問題が深刻化している。医師は、福島県立医大が存在する福島市周辺に集中し、浜通りには少ない。
特に深刻なのが産婦人科だ(図1)。もともと産科医が少なかった地域に、2006年2月には福島県立大野病院産科医師逮捕事件、11年3月には東京電力福島第一原発事故が起こった。多くの若年女性が避難し、多くの診療所や病院が産科診療を停止した。
現在、相馬地方(相馬市・南相馬市など)で産科の入院患者を受け入れているのは、南相馬市立総合病院と1つの有床診療所だけだ。基幹施設である南相馬市立総合病院の常勤医師は1人である。いつ崩壊してもおかしくない。
現在でも、相馬地方には10万人を超える住民が生活している。相馬藩6万石の伝統ある城下町で、「限界集落」ではない。ところが、この地域の妊婦が急変した場合、南相馬市立総合病院で受け入れられなければ、阿武隈高地を越えて車で1時間以上かかる福島県立医大にまで運ばねばならない。冬場は雪が積もる。東京や大阪の住民には想像できない環境だ。