「視力が低く、メガネやコンタクトレンズが手放せない」という人なら、一度は耳にしたことがあるだろう「レーシック」。レーシックとは屈折矯正手術の一種で、エキシマレーザーという特殊なレーザーで角膜の内側を削り、近視や乱視を矯正する手術だ。
さまざまな有名人が施術を受けたことでレーシックの認知度が上がり、慶應義塾大学医学部眼科学教室の根岸一乃准教授の調査によれば、2008年の手術件数は45万件にのぼるが、14年には5万件にまで減少している。6年間で手術数が9分の1に激減してしまったのだ。それは、なぜだろうか。
激痛、うつ、失業…レーシック難民の実態
手術数が激減した原因のひとつといわれているのが、いわゆる「レーシック難民」の存在だ。これは、術後の後遺症のために日常生活に支障をきたしてしまった人のことを指す。
消費者庁や独立行政法人国民生活センターなどが連携して運営する「事故情報データバンクシステム」には、「目が痛くて涙が止まらない」「光線の種類によりまぶしくて仕事に支障をきたす」など190件のレーシック被害が寄せられ、さらに潜在的な被害者も多く存在するといわれている。
「幼い頃からメガネがないと生活できないほどの近眼だったこともあり、レーシックに興味を持ちました。私が手術を受けた07年頃は、インターネット上にレーシック関係のアフィリエイト広告が多く出回っていたため、危険性を伝える情報がほとんどなく、あまり躊躇せずに受けてしまったんです」
そう語るのは、「レーシック難民を救う会」のボランティアスタッフのA氏だ。A氏は、レーシックが注目され始めた07年に両眼で20万円台と、当時はよくある価格の手術を受けたが、その後さまざまな後遺症に悩んでいるレーシック難民のひとりだ。
「手術直後は、遠くのものがよく見えました。でも、そのうちパソコンの画面がまぶしく感じるようになったんです。その後、まぶしさは目の痛みに変わり、パソコン作業を続けることができなくなったことはもちろん、寝ても覚めても目の痛みが続くようになりました。
あまりのつらさに手術を受けたクリニックに行ったのですが、担当医は『原因不明』『様子を見ましょう』の一点張り。結局、パソコンが使えないため仕事を辞めることになりました。今では、パソコンはもちろん、テレビや蛍光灯、LEDなどの強い光を見ることができず、サングラスが手放せません」(A氏)
A氏の目は、角膜を削りすぎて強度近視から急に中程度遠視になってしまったため光に弱くなってしまったらしく、両目で5万円もするオーダーメイドの医療用コンタクトレンズを装着することで、なんとか生活しているという。
「レーシック難民の後遺症は、多岐にわたります。視力が矯正されすぎたことで遠視になり、きつい眼精疲労に悩む人から、レーシックで角膜に作成する『フラップ』という角膜の一部分の術後の接着が悪く、常に目に激痛を感じるようになってしまった人、角膜を凸凹に削られてメガネやコンタクトを使っても視力が出なくなった人、もともと角膜が薄いのに手術を受けた結果『エクタジア』という最終的に失明の可能性もある状態にされた方もいます」(同)
なかには、後遺症に耐えきれずにうつ病を患って失職する人もいるという。こうした実情を受けて、消費者庁と国民生活センターは13年に「レーシック手術を安易に受けることは避け、リスクの説明を十分受けましょう!」と注意喚起を行っている。この呼びかけも、レーシックの手術数減少に大きく関係しているといわれている。
眼科専門医による高額プランの手術で重い後遺症に
逆にいえば、消費者庁が注意喚起を行っても、いまだに5万人もの人がレーシックを受けているということになる。なぜ、彼らは手術を受けるのだろうか?
「5万人という数字には、私も驚きました。ただ、ネットを使いこなせない高齢者の中には老眼の治療としてレーシックを受ける人もいる上、今もネット検索で上位に出るのはレーシックを生業にしている病院の広告記事です。そのため、正しい情報を手に入れるのは非常に困難なのです」(同)
最近、レーシック難民を救う会に後遺症を訴えてきた20代の男性B氏は、消費者庁の発表や過去の事件などを知った上で手術を受けたという。
「周囲の友人10人ほどがレーシックを受けていたのですが、特に問題はなさそうだったんです。また、消費者庁が『レーシック手術を受けた消費者の4割以上が症状や不具合を感じている』と発表した後、『安心LASIKネットワーク』(大学病院と眼科専門医によるレーシック情報サイト)が『事実とかけはなれている』と反論していたので、その言葉を信用しました。
そして、自分で調べて『眼科専門医が執刀すれば大丈夫』『安いところで受けなければ大丈夫』という情報を頼りに、眼科専門医が執刀する50~60万円の手術を受けたんです」(B氏)
術後、B氏は、夜に光がにじんで見える「ハロ」や光をまぶしく感じる「グレア」という症状がひどくなり、常に圧迫されるような痛みを感じるようになってしまった。もともと患っていたドライアイも急激に悪化し、現在も治療中だという。
「自分の目は、瞳孔が大きいためにレーシックを受ければハロやグレアの症状が強くなる可能性があったらしいのですが、適応検査後に瞳孔径の説明はありませんでした。クリニックに異常を訴えても『様子を見ましょう』と言われるだけで、数回の通院後に『あなたは瞳孔径が大きいから、ハロとグレアは一生残る』と言われたんです。『なんで適応検査のときに指摘してくれなかったのか』と疑問に思いましたよ」(同)
高リスクの患者でも、それを伝えず手術
レーシックを受ける前には、角膜の形状や角膜内皮細胞、角膜厚などを解析する適応検査を行っている。それによって、施術が可能かどうかを判断するわけだが、それでも後遺症に悩む人が多いのはなぜなのだろうか。
「『レーシックで失敗する確率を、宝くじのような確率論』と考えている人が多いかもしれませんが、レーシック難民になるか否かは個人の目の特徴が影響します。たとえば暗所瞳孔径の大きい人は光の見え方がおかしくなるリスクが高く、強度近視では夜間視力が落ち、運転できなくなるなどのリスクがある。
日本眼科学会の『屈折矯正手術のガイドライン』には、それらの基準が明記されているのですが、高リスクな目であることを患者に知らせずに、悪徳クリニックがレーシック難民の数を増やしている可能性はきわめて高いです」(A氏)
検査結果がガイドライン上の適応外に該当しても、言葉巧みに手術に持ち込むクリニックが存在するようだ。
「日本眼科学会は、レーシック手術について眼科専門医による検査や手術を推奨しています。また、マスコミに登場する眼科専門医は『安すぎる施設は避けるべき』と言っています。これは100%間違いではありませんが、全員が眼科専門医という施設で50~60万円のプレミアムプランの手術を受けたとしても、リスクが高い目の場合は不具合が出ます。もともと、レーシックに向いていない患者さんだったのですよ」(同)
08~09年にレーシック手術集団感染事件を起こした銀座眼科は、手術料が低額だったことが問題視されたが、たとえ高額であっても安心はできないのである。
レーシックは現代人には必要ない?
ちなみに、日本眼科学会が推奨する「眼科専門医」とは、眼科に特化した研修を受け、専門医認定試験に合格し、眼科に関する知識と医療技術が認められた医師のことだ。
「レーシック難民を救う会に相談に来る人の中には、『眼科専門医』という肩書きと『安いところは危ない』という言葉を信じた結果、後遺症に悩んでいるというケースが非常に多いです。手術数が9分の1に激減しているわけですから、クリニック側も患者獲得に必死なんでしょうね。患者さんが事前にガイドラインについて勉強して、角膜の薄さなどについて質問しても『うちの設備は最新だから大丈夫』と説明して手術しているようです」(同)
前述したように、B氏は本来なら光の見え方がおかしくなる可能性が高い瞳孔の大きさだったにもかかわらず、その説明がなかったため施術を受けてしまった。また、術前の検査では、後遺症に関する説明はほとんどなかったという。
「結局、レーシック難民にならないためには、とにかく『レーシックは受けるな』のひと言に尽きます。レーシックなどの屈折矯正手術でピントを遠くに合わせれば、確かに遠くの景色を楽しむことができます。でも、多くの人はスマートフォンやパソコン、事務作業などで近い距離を見ている時間のほうがずっと長いはず。私も、後遺症に悩む今となっては『レーシックは現代人には必要のないものだ』と感じています。それに、もしレーシック難民になったとしても、眼科専門医は助けてくれませんよ」(同)
「今では、メガネやコンタクトで過ごせた時期がなつかしい」と、しみじみ語るA氏。レーシックを受けたことによる代償は大きいようだ。
(文=真島加代/清談社)
●「レーシック難民を救う会」