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「がん患者は温泉に入るな」なぜ、ほぼすべての温泉が、根拠なく時代遅れの「注意書き」?

文=堤寛
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がん患者は「温泉」に入ってはいけない? 「根拠なき根拠」が32年ぶり改定された経緯の画像1がん患者は「温泉」に入ってはいけない?(depositphotos.com)

「温泉好きの病理医」である筆者は、全国各地の温泉に入るたびに、まず確認することがある。それは、脱衣所に掲示されている「一般的禁忌症」である。

 禁忌症とは、温泉に入ることによって身体に悪い影響を来す可能性がある病気をさす。具体的には、「温泉の一般的禁忌症」「泉質別禁忌症」「含有成分別禁忌症」の3つに分けられる。

「一般的禁忌症」とは、温泉に含まれる「泉質」や「含有成分」に関係なく、すべての温泉に共通する禁忌症という意味だ。

 温泉協会から指示されているのか、都道府県の認可に必須なのかどうかはわからないが、「湯治」を売りにするほぼすべての温泉で、一般的禁忌症として「悪性腫瘍」、つまり「がん」を挙げている。

 たとえば、「急性疾患(特に熱のある場合)、活動性結核、悪性腫瘍、重い心臓病、呼吸不全、腎不全、出血性の疾患、高度の貧血、そのほか一般に病勢進行中の疾患」といった注意書きがある。

 がん患者は温泉に入ってはいけないのだろうか。医学的根拠のない、そして現実離れしたこの記載は、いったいなぜ行われるのか。秋田県の玉川温泉のように「がん患者さんの湯治」を売りにする温泉があるにもかかわらずだ。

 ちなみに、乳がんの女性は、美容上の問題から、温泉に行きたがらない人が少なくない。「患者さんの味方」を自認する病理医としては、特に乳がん患者さんには、ぜひ温泉でリラックスして、心の健康も取り戻してほしいと訴えたい。

「禁忌症及び入浴又は飲用上の注意事項」が32年ぶりに改訂

 2014年12月発行の「日本医事新報」(4728号)に掲載された、国際医療福祉大リハビリテーション学の前田眞治教授の記事では、温泉における「一般的禁忌症」の「根拠なき根拠」を明白にしており、一読して思わずため息と苦笑いが漏れた。

 記事によると、明治19年の「日本鉱泉誌」(内務省衛生局編)に、以下のような記述があるそうだ。

「肺結核、慢性肺炎の末期、壊血病や癌腫のように重症で全治を期待できない者は自宅で静養するのがよい。温泉地へ行くまで体がもたなく、却って命を縮めることになる」

「温泉地へ行くまで体がもたなく、却って命を縮めることになる」とは、交通機関や医療の未発達な時代の遺物に違いない。

 所管する環境省は、平成26年7月に公益財団法人中央温泉研究所が主催したセミナーでの前田教授による上記の発表を受けて、同月、遅まきながら改訂通知「禁忌症及び入浴又は飲用上の注意事項(医学的解説)」を公表した。

 現行の旧通知から32年ぶりの改訂だ。非常に重い腰だったといえる。浴用における一般的禁忌症は、次のとおりである。

「病気の活動期(特に熱のあるとき)、活動性の結核、進行した悪性腫瘍又は高度の貧血など身体衰弱の著しい場合、少し動くと息苦しくなる重い心臓又は肺の病気、むくみのあるような重い腎臓の病気、消化管出血、目に見える出血があるとき、慢性の病気の急性増悪期」

 旧通知基準の誤りが明確に修正されており、その改定内容を評価したい。出血患者が禁忌なのは、本人のためでなく血液媒介性ウイルス(B型・C型肝炎ウイルスやエイズウイルス)の感染防止対策上の配慮とされている。

 しかし、それから3年近くを経た現時点でも、この新通知がすべての現場(温泉)に行き届いているようには思えない。

 温泉地での旧態依然とした表示を目にするたびに、筆者はため息をついている。日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる時代だ。がん患者が温泉に来なくなったら、温泉を廃業せざるを得ないのではないか。

がん治療に「温熱療法」が効く可能性は?

 ちなみに以前、筆者は乳がんにおける「熱ショックタンパク(HSP)70」の発現を検討したことがある。その結果、悪性度の高い乳がんには、しばしば「HSP70」の発現がないことが判明した。

 HSPは、熱に対する細胞の抵抗性の元となる。つまり「悪性度の高いがんは熱に弱い!」というわけだ。だから、「温熱療法」が有効である可能性が高い。

 たとえ45度以上の熱い温泉に入っても、体内の温度はそう簡単に37度を超えることはない。それでも、少なくとも温泉は「がん細胞が喜ぶ条件」でないことだけは確かだ。効くと信じて温泉に入る。そう前向きに捉えよう。

 言うまでもなく、体表面の病気には温熱療法が有効だ。ハンセン病に対する治療効果は、古く江戸時代から群馬県、草津温泉のうたい文句だった。らい菌は熱に弱い! ミズムシなどの皮膚のカビ感染症にも温熱療法がよく効くことは間違いない。
(文=堤寛)

堤寛(つつみ・ゆたか)
2017年4月より、はるひ呼吸器病院(愛知県)病理診断科の病理部長。慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍。2001〜2016年、藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書、電子書籍)、『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス、電子書籍)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)、『患者さんに顔のみえる病理医からのメッセージ』(三恵社)、『患者さんに顔のみえる病理医の独り言.メディカルエッセイ集①〜⑥』(三恵社、電子書籍)など。

連載「病理医があかす、知っておきたい「医療のウラ側」」バックナンバー

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