筆者がまだ高齢者の実態を把握していなかった頃、オレオレ詐欺やリフォーム詐欺などに高齢者が騙される事例を聞くにつけ、「高齢者って、お金をたくさん持っているんだなあ」と暢気に思っていたものだ。
しかし、定年後20年も30年も生きるようになった昨今、長い老後を過ごすためにはそれなりの老後資金が必要であることが、老後が目前に迫ってきた筆者もさすがにわかってきた。
そんな高齢者の不安につけ込むような投資の勧誘が世の中には溢れている。詐欺による被害は相変わらず多いが、それにとどまらず、まっとうな商品を装った詐欺まがいの金融商品もあり、さらには大手証券会社や銀行でさえも半ば騙すような営業をかけてくるというから、注意が必要だ。
銀行も証券会社も、“人のいい老人”がターゲット
Aさんの父が65歳で亡くなったとき、3人の子どもたちは母のために相続放棄をした。時はバブル期、母は都内にある38坪の自宅を売却して、1億5000万円の老後資金を得たという。その後、5000万円の老人ホームに入所して、88歳のときに亡くなった。葬儀が終わり、長男であるAさんが母の貯金通帳を見て、愕然とする。1億円くらいはあるはずだったのが、3000万円しか残っていなかったのだ。
「母が相続した財産を増やして子どもたちに遺したいと、準大手の証券会社B社と取引をしていたことは知っていましたが、それ以上のことにはタッチしていませんでした」
B社が危険なデリバティブ商品を勧めて搾り取ったらしいということまではわかったが、シロウトには理解しにくい複雑な商品だったことや、本人がすでに亡くなっていることもあり、それ以上のことはわからず終いであきらめるしかなかったという。
Aさんは21年間、PR会社を経営していた。クライアントの株を購入する際、母が取引をしていた縁でB社を利用していた。クライアントの株価が上がり利益を出していることや、母が亡くなり遺産が入ったことを把握していたのだろう。「いい話がありますよ」と、B社の営業マンがある銀行株を勧めてきて、Aさんはその銀行株を400万円で購入した。しかし、その後、銀行株は80万円に暴落。購入を勧めた営業マンはその後すぐに退職したらしく、下落の理由も知らされなかったという。
さらには、クライアントに勧められて1200万円で購入したゴルフ会員権はゴルフ場の倒産により紙切れと化し、大手通信メーカーに勤務する弟から勧められた同社株1600万円も暴落という不運も重なり、老後資金は5分の1までに目減りしてしまったそうだ。
「親子2代で、同じ証券会社に損をさせられるとは、よほど才覚がないんですね」と、Aさんは自嘲気味に語る。
「それ以来、投資活動は一切せず、残った資金と年金で慎ましく生活しています。消えてしまったお金が恨めしいですなあ」
“お願いセールス”“土下座営業”
2017年12月24日放映のNHK『クローズアップ現代+』では、低金利政策が銀行の収益を揺るがしているという現状にあって、若い銀行員が、上司から課せられるノルマに追いつめられるかたちで、顧客ニーズに合わない商品を売ってしまう実態を紹介していた。力を入れているのは、外貨建て生命保険など手数料が比較的高い商品だ。金融庁によると、地方銀行の17年3月期決算を分析したところ、過半数が本業で赤字に陥っているという。
最近まで地方銀行で営業を担当していた20代の女性が内情を暴露する。多くの銀行員が行っていたのは、“お願いセールス”だったという。高齢者の自宅に何度も通いつめ、世間話などをして信頼を得た後に、上司から課せられる窮状を告白して、情に訴えて契約をしてもらうやり方だという。
「最終的にはお客さんが折れるみたいな感じで、お客さんのニーズではない、こっちの銀行都合でのお願いですよね。ノルマから逃げたいということしか考えなかったですね」
お願いセールスの一環として、“土下座営業”もある。
金融商品取引被害や投資取引被害などの問題に積極的に取り組んでいる、あおい法律事務所の荒井哲朗弁護士は、相談者にこう聞いたことがある。
「なぜ、こんな危険な商品を購入したんですか」
「だって、『お願いします、お願いします』と言って土下座するんですもの」
特に高齢者は、大手銀行や証券会社といった社会的信用度の高いネームバリューに絶対的信頼を寄せる傾向にある。
「高齢者の場合には儲け話というよりも、『若い子が頻繁にやってきて、一生懸命に言うから』というのが大多数のケースです。親しくなったふりをして、という手口は昔からいくらでもあります」と、荒井弁護士は語る。
取材をしてみると、金融商品取引の被害者は80代の高齢者が多いことに気づかされる。認知症を患っていない人でも、判断能力は低下する。さらには、ひとり暮らしで相談者がいないとか、情報が入ってこないための知識の欠如や、馴染みになった人と関係を絶ちたくないという弱みにつけこまれてしまうケースが多いようだ。
(文=林美保子/フリーライター)