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なぜトヨタの賃上げで自動車業界混乱?ダイハツは大幅減益でも大幅賃上げ、崩れる均衡

文=河村靖史/ジャーナリスト
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なぜトヨタの賃上げで自動車業界混乱?ダイハツは大幅減益でも大幅賃上げ、崩れる均衡の画像1トヨタ自動車本社(「Wikipedia」より/Koh-etsu)

 2016年春闘で集中回答日となった3月16日、自動車メーカー各社は主要企業と同様に3年連続で賃金を底上げするベースアップ(ベア)を実施するものの、引き上げ幅は各社経営陣の思惑や方針を反映するものとなった。特に、春闘相場のリード役とされるトヨタ自動車が、労組側の3000円の要求に対して1500円に抑えたことが、各社の決断に大きな影響を与えた。

「なぜ減益企業がトヨタと同じ水準なんだ」(業界関係者)

 今春闘で、最も注目されたのが、トヨタと同水準となるベア1500円で妥結した軽自動車メーカーのダイハツ工業だ。自動車メーカーの春闘では、集中回答日の数日前にトヨタが労使の落としどころと考える水準が業界に流れ、各自動車メーカーがそれぞれの規模や業績に応じてトヨタを下回る水準で妥結するのが一般的だ。今春闘では、相場のリード役であるトヨタが要求額の半分、前年の3分の1の水準に抑えたことから不協和音が生じた。

 トヨタは16年3月期の連結営業利益が前年同期比2%増の2兆8000億円と好調だった。にもかかわらずベアを抑えたのは、年初から経営環境が激変しつつあるためだ。為替水準はこの3カ月間、ドル円レートで10円も円高が進んだほか、中国や南米など新興国経済の先行き懸念が強まっている。トヨタの豊田章男社長は労使交渉の場で「経営の潮目が変わった」と労組に理解を求めた。

 さらに今回の春闘では、ベアを抑えやすい環境にあった。デフレ脱却を掲げる安倍政権は、14年、15年と経済界に対して賃上げを求める「官製春闘」となった。復興特別法人税の1年前倒し廃止や、法人実効税率の引き下げなど、政府が経済界の要望に応えてきたことから政権に協力してきた。16年春闘も従来と同様、政府は賃上げを求めた。しかし、日銀がマイナス金利を導入したことで流れが変わった。業績悪化懸念から3大メガバンクが相次いでベアを見送ったためだ。従来なら春闘相場のリード役であるトヨタに対して政権から賃上げのプレッシャーは高まるところだが、日銀の政策で大手銀行がベアゼロとしたことで、トヨタが賃上げを抑えても批判の矛先が自らに向かないと判断した。

 また、格差是正の観点もある。今回トヨタの労組側はグループ各社の賃金を底上げして格差是正を図るため、ベアの要求を前年の半分の水準である3000円に抑えた。トヨタが業績好調を理由に高い水準のベアにすると、グループ各社との賃金格差がさらに拡大するとの懸念もあった。トヨタもデンソーやアイシン精機など、グループの大手部品メーカーに対してトヨタと同等のベア1500円を容認する姿勢を示した。

ダイハツ「考えられない」水準

 こうしたなかで、ダイハツもベア1500円で妥結した。ただ、これに首を傾げる声は少なくない。格差是正とはいえ、ダイハツは国内軽自動車販売の低迷で業績が悪化、16年3月期の連結決算で営業利益は同28%減の800億円と大幅減益となる見込みだからだ。過去最高益を続ける富士重工業が1300円だったことと比べても「考えられない」水準だ。

 業績が悪化しているにもかかわらずトヨタと同額の賃上げに踏み切ったのは、ダイハツ経営陣の思惑があると見られる。それは今年8月、ダイハツはトヨタの完全子会社となるためだ。

「トヨタがダイハツの全株式を取得して完全子会社化することを決定してから、ダイハツ社員は士気が大きく落ちている。転職を考えている人も少なくない。このため、ダイハツ経営陣はトヨタの完全子会社化になることで賃金もトヨタ並みに上がることを示し、士気を上げたいのではないか」(自動車専門紙記者)

 軽自動車のライバルであるスズキはベアを抑えた。賃上げした14年、15年とダイハツとスズキは示し合わせたかのように同額の賃上げ額で妥結してきた。ダイハツが1500円という高水準で妥結したとの情報が流れると、スズキの労使交渉は混乱した。スズキとしてはダイハツと同水準にしたいが、経営姿勢としてトヨタと同水準というわけにもいかない。最終的にスズキはダイハツより300円低い1200円と回答したものの、交渉は長引いて妥結したのは自動車メーカーで最後となった。

 また、ダイハツとスズキが思惑により賃上げ水準が上昇した影響で、ホンダと三菱自動車が1100円と業界最低水準となった。ホンダは2016年3月期の営業利益は増益となる見通しだ。ただ、国内事業が低迷している影響を賃金に反映させた。

日産は満額回答

 一方で、日産自動車はトヨタの倍、要求の満額回答となる3000円で妥結した。日産の業績は実質的に過去最高益となるなど好調だ。西川廣人CCO(チーフ・コンペティティブ・オフィサー)は「ベア相当分である3000円は、原油価格下落の影響を除いた消費者物価指数の上昇率約1%とほぼ同等。3年連続の賃上げとなると、これを許容できるかは、個社の実情それぞれの競争力強化の取り組み次第。日産はこれまで全従業員が力を合わせ、日本事業の競争力強化、効率向上に取り組み、厳しいチャレンジで成果を上げており、この取り組みの成果、今後の持続的改善についての労使の相互理解が今回の回答の大きな背景となっている」と説明。業界他社とは一線を画す。

 ただ、毎年、株主総会で話題となるカルロス・ゴーン社長の役員報酬も背景にあると見られる。「10億円を超える役員報酬をもらいながら従業員の賃上げをケチるわけにいかない」と高額報酬に対する批判の芽を摘む目的もあるようだ。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)

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