孫子の兵法や戦国武将の戦略観から、組織論やビジネス戦略を語る書籍は多い。
そのなかで、今再び脚光を浴びている本がある。『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著、中央公論新社刊)だ。
本書は、1984年にダイヤモンド社から刊行された単行本が中央公論新社によって文庫化されたものだ。その書籍が30年以上経った今、売れ筋ランキングに舞い戻ってきているのだ。
その理由のひとつには、小池百合子東京都知事の影響がある。
昨年、豊洲移転問題に絡む記者会見の場で、本書を「座右の書として取り上げた。熾烈な駆け引きが行われる政界で、戦略的に事を運ぶ小池氏の愛読書を読んでみたい、と思った読者が多かったのだろう。
さらに近年では、サントリーホールディングス、ブラザー工業、三菱地所など、さまざまな大企業の経営者が愛読書に挙げていることでも知られている。
そんな本書は、第二次世界大戦(大東亜戦争)のノモンハン、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄における日本軍の戦いを検証し、大敗を喫した「失敗の本質」を分析した一冊だ。
その内容が、ビジネスパーソンや政治家から絶賛されるには、相応の理由がある。
軍隊は組織論を語る上で恰好のモデルケースだ。秩序だった組織形態、上意下達のシステム、結果の明確さ。さらに言えば、本書は古典に比べて近代的な組織がモデルケースになっている点も、現代の戦略観にマッチしているのかもしれない。
■何が組織的な失敗を引き起こすか?
本書では、6つの戦いを検討し、日本軍の「失敗の本質」はどこにあったのかを分析している。
そのなかで、どの戦いにおいても「作戦目的に関する全軍的一致を確立することに失敗している」ということを挙げている。簡単に言えば、「作戦の主目的の認識がバラバラだった」ということだ。
これを現代のビジネスで考えてみると、次のようなものになるだろう。
経営陣が「次の商戦では、A社に打ち勝ち、前年比売上10%増を目指す!」という方針を掲げたとする。
この場合、トップの方針には「A社に打ち勝つ」と「前年比売上10%増」という二つの目的が含まれている。もちろん、「A社に打ち勝つこと」が、結果的に「前年比売上10%増」を達成させることになるかもしれない。
ところが、「A社に打ち勝つ」ための戦略と、「前年比10%増」のための戦略が必ずしも一致するとは限らない。
そうなると、現場は、どちらの方針を優先すべきか判断に迷うだろう。プロジェクトが大掛かりになるほど関わる部署も増える。すると、部署毎に違う方針を「優先事項」と認識して動き出す可能性がある。
これでは組織としてのまとまりに欠け、成果が得られないのは自明の理だ。
トップが方針を明確にしないと、現場は乱れる。経営者は「これで方針は十分に伝わっているはずだ」と油断せず、チームが同じ方向に進んでいるのかを、逐一確認していく必要があるだろう。