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オーケストラ演奏中の指揮者の「ジェスチャー」の秘密…コンサートマスターは特別な存在

文=篠崎靖男/指揮者

 どうしてこんなに面倒なプロセスを取るのかというと、コンサートマスターは特別なポジションだからです。コンサートマスターは、最初からオーケストラのリーダーとして入団してくるので、一弾きで周りを唸らせるような絶対的な存在でなくてはならないのです。そのため候補者の中には、若くしてもコンクール受賞歴が豊富にある人や、いくつかのオーケストラを歴任したような、三顧の礼で迎えないと来てくれないような著名コンサートマスターもいます。オーケストラ側も、そういう方々を候補に迎えるのに、細心の配慮をすると聞いたことがあります。

 日本では、あるオーケストラのコンサートマスターに訊いたところ、最近は一般オーディションをすることもあるそうですが、通常は、招待された候補者が何度かステージで一緒に仕事をしたうえで、必要に応じて、楽団員たちにソロ演奏を聴いてもらい、合否が決まるという流れです。ただし、一般楽員はオーディション合格の後の一年間の試用期間さえ通れば、定年まで給与と演奏機会を保障されますが、コンサートマスターは、契約更新を続ける雇用形態が一般的なので、ずっと、オーケストラ内で採点評価をし続けられているような、大変な仕事でもあります。

 かなりジェスチャーの話から逸れてしまいました。さて、若いコンサートマスター候補とのリハーサルが進むうちに、僕のイライラは募っていきました。周りの楽員も困っている様子が、よくわかってきました。なぜかというと、彼女はとても上手に弾くのですが、集中すると楽譜だけを見つめてしまい、指揮を見ないのです。完全に経験不足です。もちろん、要所要所は見てくれるのですが、僕がちょっとした演奏上の修正をしたいと思っても、楽譜にかじりついているため、僕の指揮とズレが生じ、演奏上にも問題が出始めました。

 それでも、顔を近づけようが、大きく指揮しようが、彼女はまったく気が付いてくれません。周りの楽員も苦笑いをしています。そこで、指揮棒を振っていない左手の登場となりました。苦肉の最終手段でしたが、効果があって、やっと彼女は気づき、少し驚いた顔をしていました。

 おそらく今でも彼女は、「そういえばあの指揮者は、どうして演奏中に手を振ってきたのだろうか?」と、必死で手を振っていた僕を覚えてくれていると思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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