年明け、雑誌編集者のN氏から「お知り合いにYouTuberはいませんか」という問合わせが入った。YouTubeについて筆者はほとんど素人なので、2009年からYouTubeに動画を投稿してきたという知り合いの映像クリエーターに聞くと、「YouTuberが日本に何万人いるか知らない。YouTuberの明確な定義もない」と言う。なぜなら「チャンネル登録者(視聴者)数が700万人を超えるトップクラスのYouTuberもいれば、自称YouTuberもいる」からだ。
彼の「最近のYouTuberは分野特化だ。要望次第ではコンタクトできるかもしれない」という言葉を受けてN氏と打ち合わせを進めていたとき、「人気YouTuberAAAjokenを大麻保持で逮捕」というニュースが流れてきた。報道によると、愛知県豊田署は1月12日午後8時40分ごろ、AAAjokenこと城ノ下航容疑者(33)が豊田市内の集合住宅の駐車場で乾燥大麻約31グラム(末端価格約18万6000円)を所持していたのを確認し、21日、大麻取締法違反容疑で逮捕したという。
1動画の再生回数が1000万超のときも
AAAjokenはYouTubeのチャンネル名「AAAjoken toys」に由来している。Twitterのハンドルネーム「joken」に、「最高ランク」のAAAを冠したのだろうか(現在「joken」名のTwitterは閉鎖されている)。チャンネル登録者335万9000人強、投稿した動画2010本の再生回数が40億回を超える人気YouTuberだ。ニュースが流れた数時間後、YouTubeには早くも「AAAjokenってどんな人か」「通報した友人に感謝しろ」「年収は?」といった投稿が相次いだ。
城ノ下容疑者は自身のTwitterで「YouTubeを始めたのは6年前」と語っている。書き込んだ時点からすると、2012年の秋頃のようだ。アニメ「アンパンマン」などのキャラクターと知育玩具を組み合わせた動画でブレイクし、3年後の2015年には人気YouTuberになっていた。
一般的に動画投稿者が得る収入は、動画再生1回につき0.1~0.2円などといわれるが、ユーチューバーに聞くと「実際はそんなに単純なものではない」という。計算の基本は再生回数と再生時間だが、広告収入が分配されることもある。有名なユーチューバーは講演やテレビ、コマーシャルなどでも稼げるので、城ノ下容疑者のピーク時の年収は「1億円超えだったのではないか」と言う人もいる。
だが、それは1動画の再生回数が1000万回を軽く超えていた3年前までのこと。最近は2年前の「30分AAAjoken動画!お外で遊べるオススメおもちゃ動画まとめ」が再生回数58万回、8カ月前の「任天堂 ミニ スーパーファミコンを開封してみた!」が3.8万回と、低迷の感は否めない。
厳しいが再起を許す場であってほしい
城ノ下容疑者は容疑を否認しているようなので、現時点では推定無罪。警察に逮捕・勾留されると「犯罪者」として扱われてしまう状況のなかでは、あれこれ詮索するのは避けたいところだ。前出の映像クリエーターによると、YouTubeの利用規約や、動画投稿者にとって収入源となる広告配信サービス「Google AdSense」の規定は厳格なことで知られ、違反すると容赦なくアカウントが凍結(BAN)されるという。なかでも登録者数や再生回数を不正に増やすことには厳しい。広告料の詐取に当たるからだが、投稿者が逮捕されてもBANの事由にはならないという。
「30分AAAjoken動画!」チャンネルが閉鎖されなければ過去動画が再生されるので、城ノ下容疑者はそれなりの収入が維持できるだろう。YouTubeの運営元は「原則無罪」の立場を貫くはずなので、ネットに溢れている「AAAjokenはもうダメ」という見方は必ずしも当たっていない。
一般論だが、城ノ下容疑者がYouTuberをサポートするMCN(マルチャンネルネットワーク)事業者の支援を今後は受けることができないとすると、税務処理などのサポートやスポンサーの確保などが難しくなる。特に今回は大麻保持という反社会的な行為での逮捕なので、イメージを重視する子ども向け玩具のスポンサーが一斉に降りてしまうことが考えられる。
「再起するには一からの出発を覚悟しなければならない」と、ベテランのユーチューバーは指摘する。ハンドルネームを変え、テーマを変え、改めてYouTubeパートナープログラムに登録してチャンネルを開設するということだ。風説が流れるなかでその手続きを進めるのは困難を伴うだろうが、つい6年前は日本にユーチューバーは存在しなかった。ネット空間は挫折者に厳しいだけでなく、彼らが再起可能な寛容な世界であってほしいとも思う。
転機は2012年のパートナー要件緩和
城ノ下容疑者がYouTubeへの投稿を始めた2012年は、YouTubeパートナープログラムの要件が大幅に緩和され、誰もが動画をアップできるようになった年だ。つまり爆発的に増えた自称ユーチューバーの一人だった。また、YouTubeの親会社であるグーグルが各国・地域ごとのユーチューバーを管理する組織(MCN)を規定した年でもあった。投稿者が爆発的に増えたため、ユーチューバーの直接管理から各国・地域の間接管理に転換したのだ。それに伴って、広告料の適正な支払い事務、YouTube規約の遵守、著作権問題、登録者数や再生回数の不正操作の排除といった課題に対応するため、MCN機能を持つマネジメント事務所が登場した。
それを機に、主要なユーチューバーはマネジメント事務所に所属し、収入の20%前後を手数料として支払うことになった。これに対して2007年のYouTube日本上陸の頃から活動していた初期のユーチューバーたちは、「それはないだろう」と自立することを協議した。それが2013年6月のUUUM(ウーム)株式会社の設立につながった。
現在は東京・六本木に本社を置き、2017年8月に東証マザーズに株式を上場、従業員は234人、2018年5月期の年間売上高は117億3500万円となっている。同社設立の中核を担ってHIKAKINが最高顧問を務めているが、設立に参加した初期YouTuberは10人ほどとされている。
2007年から2011年までのユーチューバーは、プロ野球球団でいう“生え抜きの1軍”のような存在で、所属していることに価値があるため手数料は取られない。2012年以後、「YouTubeは稼げるぞ」と参入してきた後続ユーチューバーのうち、YouTubeで生計を立てている人たちが1軍、生計は立てられないが上を目指す人が2軍ということになる。
UUUMに限らず、GENESIS ONE、VAZといったMCNはおおむね同様の構造だ。つまり彼らは2軍のユーチューバーからの手数料で事業が成り立っている。それを煩雑な事務のアウトソーシング料、法的リスクの安心料と考えるか、手数料の名目で稼ぎをピンハネされていると考えるかは人によって異なる。
城ノ下容疑者は2017年7月、UUUMから離れて「アンキャス」(サイト名は「Comodo」)というユーチューバーサポート事務所を設立している。ユーチューバーからネットベンチャーを目指したのかもしれない。
人気コンテンツはとっくにレッドオーシャン
城ノ下容疑者がブレイクしたのは「アンパンマン」というキャラクターがあったからだ。世界的に人気が高いので、初期は人気が集中したが、あっという間に大勢のライバルが登場する。それは「ガンダム」でも「ドラえもん」でも同じことだ。
有名で人気が高いキャラクターは登録者数を増やすのに手っ取り早い手段だが、差別化が難しい。つまり幼児向けアニメや玩具など人気コンテンツは、そもそもレッドオーシャンなのだ。FacebookやInstagramの定番であるグルメもの、料理や工作のレシピなども普遍的で参入が容易な点で共通している。
もう一つの手法は下ネタ、噴飯もの(面白)、非常識・危険に挑戦することだ。そのような動画はどうしても過激になり、瞬発力は強いが継続しない「一発芸」になってしまう。ところが「一発芸」的な動画を投稿し続けるのは難しい。どんどん過激になっていって、自分でも収拾がつかなくなる。体力が持たないし、アイデアが枯渇する。最後は再生回数のために命を落とすことにもなりかねない。
そのような傾向が世界的に広がっていたので、1月15日、YouTubeは過激な動画の掲載を禁止した。それを受けて、1月22日には登録者200万人超の仮面ユーチューバーラファエル氏のチャンネルがBANされ、ネットでは大騒ぎだった。
ラファエル氏はそれをネタに新しいチャンネルを立ち上げ、たちまち50万人以上の登録があったという。これではモグラ叩きのようなもので、下ネタ、裸芸、自虐ネタは江戸時代から下品とされながら絶えることがないのと同じことだ。いつの時代にもあるのだが、とはいえ10年経てばユーチューバーもその分、年をとる。2030年にも同じことをやっていられるだろうか。
目指すべきは新しいジャーナリズム
小学生に「なりたい職業」を聞くと、ユーチューバーが上位に入るというが、大人になるとだんだん現実的になっていく。「ユーチューバーになりたい」は、「野球選手になりたい」「宇宙飛行士になりたい」と同じといっていい。大学生や社会人にもなって、「ユーチューバーになれば簡単に何百万円も稼げる」と誤解してしまうことはないだろう。
明確なエビデンスはないが、日本ではYouTubeで収入を得ているYouTuberは約2万人、YouTubeと関連ビジネス(書籍、セミナー、映像制作など)で生計を立てているのは500人前後という見立てもある。稼げたのはアーリーアダプターだった生え抜きと要件緩和以後の1軍選手のみ。2軍選手のなかにもワンチャンスをつかめる人はいるだろうが、ほとんどはマグレだというのは、誰だってわかっている。
もう一つ、YouTubeがいつまで続くか、技術革新のスピードは予断を許さない。ブログ、Twitterに回帰する動きもあれば、TikTok、Instagram、Vimeoといった新興サービスも利用者を増やしている。誰もが思いつくアイデアやコンテンツはすでにレッドオーシャンだ。ユニークなアイデアで切り開いたブルーオーシャンも、あっという間に参入者がひしめくようになる。「一発芸」「面白」「子ども向け」に限界が見えてきたからこそ、過激映像チャンネルがBANされ、ネットベンチャーに転身を図るユーチューバーが出ているとすれば、「YouTubeは稼げる」は都市伝説になりつつあるのではないか。
一方、スマートフォンの高機能・高性能化、ネット回線の高速・大容量化で、リアルタイムで動画が中継できるようになっている。筆者も仕事柄、「ニコニコ動画」「LINEライブ」の記者と会見で出くわすことが増えてきた。週刊誌が突撃取材の動画をネットにアップするケースもある。これからのユーチューバーには、市民目線の映像で社会の深層をえぐること、すなわち新しいジャーナリズムを目指してほしいとロートルジャーナリストは思うのだ。
(文=佃均/フリーライター)