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片山修のずだぶくろトップインタビュー 第16回 小西工己氏(名古屋グランパ スエイト社長)

名古屋グランパス、J2降格から1年でJ1復帰、平均観客数歴代1位の“奇跡の軌跡”

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

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お客さまの共感

片山 グランパスの大ファンの友人から、5月20日の小西さんの挨拶は凄かった、と聞いています。

小西 ありがとうございます。18年の5月20日ですね。13戦勝ちなしの状態で、サッカーW杯期間中の約2カ月間のリーグ戦中断に入ることになった。しかも、オフサイドの微妙な判定の末、3対2での敗戦で、本当に後味の悪い試合だったんですよ。さすがに13戦して勝ちなしだから、サポーターさんがかなりザワついています、ちょっと一言話してください……と部下からいわれた。トヨタであれば、そういう場合、すぐに挨拶文案でも手元にパッと出てくるかもしれないのですが、もちろん一瞬で自分で考えるしかありませんよね。

 スタンドでマイクの前に立ったら、2万人のお客さまの大ブーイング。「辞めろ!」「バカたれ!」とか、いっぱい、結構しっかりと聞こえるんですよ。ただね、頭の中は不思議と澄んでいて、冷静でした。挨拶のどこかで、このブーイングを絶対に拍手に変えてやるぞ、と思っていました。

 前半戦の苦しい展開に、我慢強いサポートをいただいていることに感謝を伝えて、「2年前の悔しい思いは、決して繰り返しません」と、ゆっくり、はっきり、申し上げた。あの言葉で、ブーイングが拍手に変わりました。「悔しい思いをさせません」ではなくて、「繰り返しません」と一人称で申し上げました。そういう自分の強い想いをお伝えして、そこに共感していただけたから、拍手になったのだと思います。

 そうして、この年の最終戦の挨拶では、開口一番、「5月20日の皆様方とのお約束、ここに完結いたしました」っていいました。その時は、望外の万雷の拍手をいただきました。ありがたかったですね。

片山 サラリーマンでは、味わえない世界ですね。

小西 うーん。負け試合の後、次の試合までの1週間、W杯のときは、負けてから次に勝つまで3カ月間、正直いって、地獄でしたよ。悶々とするし、弱気の虫が出る。もともと、僕はタフなほうだと思いますし、弱くはないんです。それでも、睡眠が浅かったり、受験に失敗した夢を見て飛び起きたりしましたよ。J1復帰も、残留も大変だった。白髪になるし、薄くもなるし(笑)。

片山 ビジネスでいう危機の連続。でも、嬉しいこともあったでしょう。去年は、最下位で折り返しながら、後半戦はいきなり7連勝というドラマがありました。

小西 いちばん嬉しかったのは、10月19日、私の誕生日なんですが、千葉で柏レイソル戦があったんです。7連勝後の敗戦の後。当時、柏はグランパスより勝ち点が2上で、直接対決でうちが勝てば1点上回る、負ければ5点差がつくという、いわゆる「6ポイントマッチ」だった。しかも、DAZN(ダゾーン/スポーツ専門のネットチャンネル)が、グランパスのロッカールームの裏側を追う特集を組んでくれていた。

 その試合を、1対0で制したんですね。試合後のロッカールームに、選手がバースデーケーキを用意してくれていて、「社長おめでとう! 万歳!」ってやってくれた。あれは、最高に嬉しかったですね。僕が試合の日に何したわけでもないのに。

豊田スタジアム歴代入場者数の最高記録

片山 サッカーチームの経営は、ビジネスの側面から見ると、いかがですか。

小西 チームが興行し、プレイし、それを広報、宣伝、チケットの販売などが支える。すべてチーム一体ですね。

片山 スタッフは、何人くらいいるんですか。

小西 正社員の非プレーヤーは約40人。選手、監督、コーチ、アカデミーやスクールの指導をするコーチやスタッフなどを入れて、110人くらいです。

片山 よくマネジメントが回りますね。

小西 マネジメントについては、スタッフがずいぶん僕のことを理解してくれているので、大丈夫ですよ。みんながカバーしてくれます。

片山 トヨタからの出向者は。

小西 いまは、トヨタからの出向者はおらず、私以外はみんな生え抜きです。会長はトヨタ副会長の早川茂さんにやっていただいてます。

片山 でも、J2からスタートしてここまでもってくるのは、ビジネスとしても大変だったでしょう。

小西 一般的に、J1からJ2に落ちると、ホームゲーム年間入場者数は約3割減るといわれています。予算編成にあたって、入場料収入を算出するのに入場者数の目標を決めますが、17年の目標は3割減で上がってきた。以下、予算は全部3割減。そのなかで勝たないとJ1にはあがれない。これは、大変なことです。

 ただ、僕は、そもそも減る前提なのが理解できなかった。「何でJ2に落ちたらビジネスが“縮小”するの?」って、聞きました。みんな、「弱いからです」「相手様もあまり魅力がないからお客さまが入りません」という。

 そこで、これまでにJ2に落ちて、動員数の減少幅がいちばん小さかったケースを調べたら、マイナス10%で済んだケースがあった。「これが目標になるのかな?」って、みんな思ったみたいです。

片山 はいはい。

小西 これは甘いですよね。

片山 ははははは。

小西 去年の自分に負ける宣言なんて、あり得ない。僕はそんなのイヤだった。だから、「僕が責任をもつから挑戦しよう」と話して、最終的に「去年を超えよう」といいました。みんな、引っくり返っていましたけどね。できない理由を5ついいがちになるんですよ。弱気の虫。「できない理由ではなくて、一つでいいからできる理由を考えて、実行に向けて動こうよ」って。

片山 いいですねェ。

小西 これ、トヨタ生産方式の伝道者の林南八(トヨタ自動車元技監)さんのウケウリですけどね(笑)。トヨタ流が染み付いちゃってるからしょうがない。「社長がやりたいんだから、みんな一緒にやろう」といってくれました。まあ、最初は、この社長のバカは何を考えているのかと思っていたみたいですよ。

片山 結果、本当に前年を超えたそうですね。

小西 そう。あの手この手を考え、がんばってくれて、17年は16年の31万9000人を超え、32万3000人となりました。自信になったと思います。

片山 努力されたんでしょうね。

小西 そうです。あの手この手とマーケティングを尽くしました。それと、1位2位の自動昇格ではなかったので、さらに2試合プレーオフを追加でやったんですよ。最終的には、37万人くらいになりました。翌18年は、40万人動員を目標にして、44万4243人。リーグ戦平均入場者数は2万4660人で歴代1位。ありがたいことです。

片山 鹿島戦で、4万3579人という豊田スタジアム歴代入場者数の最高記録までつくりましたね。

小西 部下に話したのは、「“4万人”には、意味はないんだよ」ということです。“4万人”とまとめて考えた瞬間に、もうマーケティングはできない。お客さま一人ひとりの粒粒で見ないといけない、といいました。個々のお客様にカスタマイズをしたご提案をして、その積み上げで4万人という結果が出るとね。

数々の施策を実行

片山 なるほど。具体的には、何をされましたか。

小西 まず、Eコマース(電子商取引)のJリーグチケット(Jチケ)を買っていただいた。Jチケ会員は、16年の約3万1200人から、18年には11万7800人まで増えました。会員は、個人情報を入力していただけるのでメルマガを送れますし。

 それから、17年には、小・中学生1万人無料招待をやりました。個人情報と交換ですから安いものです。しかも、小学生なら親は定価を払ってついてきてくださいますからね。試合後には、「パパ、面白かったからファンクラブに入ってよ」ってなりますでしょ。次回はちゃんと、子供もお金を払ってきてくれる。お陰様でファンクラブの会員数は、16年の1万4410人から、18年には2万1893人まで増えました。

 ほかにも、5試合中3試合にきてくれれば、この試合のチケットを差し上げます、というスタンプラリーや、「ガールズフェスタ」もやりました。

片山 現状、女性比率は少ないんですか。

小西 そうなんです。気になっていたんですよ。グランパスは、少々男の匂いが強すぎる。10月7日の豊田スタジアムのFC東京戦では、「ガールズフェスタ」と銘打って、エアアジア・ジャパンさんと、女性の着やすいデザインのユニフォームをつくり、女性のお客さま先着1万人にタダで配りました。試合開始1時間15分前になくなってしまいました。ほかにも、資生堂さんが手弁当でテントを出して、グランパス公式応援メイクとか、フェイスシール、グランパス色のルージュなどを出してくださり、女性のお客さまにとても喜んでいただきました。

 女性のお客さまが1万人を超えたということは、全体の35%です。従来は18%程度でしたから、ポテンシャルはあるとわかりました。今年は、女性を軸にスポーツファッションの企画を考えています。

片山 今年は、「鯱の祭典」を開くそうですね。

小西 名古屋市、豊田市、みよし市を中心に、スポーツファッションで歩くことが「かっこいい」という雰囲気をつくって、最後はスタジアムでグランパスを応援しよう、という企画です。

 家を出るときから帰宅するまでユニフォームを着ている人の比率は、まだ少ない。長く着ていただけば、スポンサー様にとってはバリューが上がりますし、それこそ、愛知県名古屋市を真っ赤なユニフォームで染め上げて盛り上がりたい。着ていただくためには、服もかっこよくないといけないので、BEAMSさんとコラボレーションを決めました。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

※後編に続く

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片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

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