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矢野耕平「塾の小窓をのぞいたら」

中学受験でわが子が得られる「絶大な財産」とは?大学受験でトクかどうかは極めて些末なこと

文=矢野耕平/中学受験指導スタジオキャンパス代表
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「Getty Images」より

中学受験で得られる財産とは?

 わが子に中学受験の道を選択させることは、高校受験に比べれば断然「トク」なのだろうか。早期のうちから高額の費用を支払って通塾するのだから、きっとそうであるに違いない。そうお考えになる保護者もいるだろう。

 結論から申し上げると、高校受験に比べて中学受験のほうが「トク」をして、そして「ラク」できることが多い。それは確かなことだ。しかしながら、一方で中学受験の経験がわが子に傷を残したり、学校の選択を見誤ることでわが子に大きな後悔をさせてしまったりという「リスク」もこれまた存在する。

 中学受験で得られる最も大きな財産は、受験勉強を通じて学ぶことの土台を築ける点である。こんなことを言うと、「大学受験に有利だからではないのか?」「中高一貫ならではの練られた教育を受けられるからではないのか?」という突っ込みが入るだろう。確かに条件付きではあるが、それらの側面もある。ただ、中学受験の現場で長年指導をしている身からすると、それらは「些細」なことに感じられるくらいだ。

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『早慶MARCHに入れる中学・高校』(朝日新書/朝日新聞出版)

 それでは「学ぶことの土台」とは、なんだろうか。実例を挙げて説明していきたい。わたしのに通ったひとりの女の子の話である。

算数で苦しんだ女の子の話

 彼女は小学校4年生のときからわたしの経営する塾で学び始めた。塾に通い始めてすぐに彼女は高い壁にぶつかってしまう。とにかく「算数」に強烈な苦手意識を示してしまったのである。そして、その意識は小学校5年生になってもなかなか解消できずにいた。

 算数以外の3教科(国語・理科・社会)はどれも平均以上の成績を収めていたので、彼女は学力別3クラス体制のなかで、1番手のクラスと2番手のクラスを行ったり来たりを繰り返していた(わたしの塾はおよそ2カ月に1度のペースでカリキュラムテスト結果に基づいた「クラス分け」がおこなわれる)。

 あれは小学校5年生の秋のこと。再び1番手クラスに上がったばかりの彼女の母親からこんな連絡があった。

「先生、お願いですから娘のクラスを1つ下げてもらえませんか。算数がさっぱりわからずに、毎晩のように泣きながら机に向かっているのを見るのは、母として見るに耐えられません」

 聞けば、彼女から「クラスダウン」の希望を口にしたわけではないという。とにかく自分が「できない」のが悔しくてたまらないとのこと。そのとき、わたしは塾の自習室の活用や担当講師に積極的に質問を持ちかけるように提案をした。彼女の心はまだ折れていない。そう判断したからだ。

質問魔に変身した女の子

 そして、小学校6年生。受験学年になった彼女は相変わらず算数を不得手にしていた。ただ、前年と比較してガラリと変わったのは、わからないことをその日のうちに解消すべく、担当講師を「活用」し始めたことだ。

「先生、さっき説明してくれたこの問題の解き方をもう一度教えてください」

 に来るたびに、そんなふうに質問する彼女の姿が目に入った。いつの間にか彼女は「質問魔」になっていた。算数だけではなく、他科目も同様。彼女によるとわからない問題をわからないまま放置しておくのは、実に気持ち悪いことだという。普段は国語を指導しているわたしのところにも、テキストとノートを広げながら質問をどんどん繰り出した。

 彼女の凄いところは、妥協することをよしとしないその姿勢である。わたしが求められた解説をしてみせても、彼女がその解説内容に納得しなければ、次に進まない。

「先生、それだとまだわかりません。もう一度説明してもらえませんか」

 何度も食い下がる彼女のその態度に、わたしは襟を正される思いを度々抱いたのだ。彼女の成績はゆるやかではあるが伸びてきていた。算数の苦手意識も薄れつつあった。

そして、入試本番を迎えた

 当初の彼女の第1志望校はT中学校であった。四谷大塚の合格基準偏差値は70。校舎の雰囲気がとにかく気に入ったという。しかしながら、客観的なデータ上では彼女の合格可能性は著しく低い。保護者や本人と相談した結果、第1志望校をK中学校に変更した。彼女はここの部活動を見学し、ぜひ自分もその一員になりたいという夢を持った。この学校の偏差値は61であり、彼女にとってはそれでもやや「挑戦校」的な位置づけの学校であった。

 入試出願のタイミングで、彼女はこんなことをわたしに話してきた。もし2月1日のK中学校に合格をしていたら(当日夜に合格発表がある)、そのご褒美に憧れていたT中学校を受験したい、と。そして、彼女は無事第一志望校のK中学校に合格。翌日はT中学校にチャレンジすることになったのだ。

 T中学校は2月2日、3日、4日と計3回の入試を設けている。回が進めば進むほど、難度は上がるし、入試実質倍率も高くなる傾向にある。彼女は2月2日の入試で不合格になった。合格発表は入試当日の19時。残念な知らせにもめげることなく、彼女は塾で相変わらずの「質問魔」の姿勢で、その日に持ち帰ってきた入試問題を解き直していた。

 2月3日の入試も不合格。夜遅くまで塾に居残り、入試問題をやり直して、疑問点はその場で片付けるという姿勢は前日までと全く変わらない。

そして、春が来た

 そして、2月4日。T中学校の第3回入試。わたしは入試当日の朝、T中学校の前で「入試応援」のために待機していた。しばらくするとニコニコと手を振りながら、彼女と母親がやってきた。彼女はこう言った。

「今日で3回目だし、入試問題何度も見直したし、今日は上手くいく気がする」

 そして、その日の合格発表で見事彼女は栄冠をつかんだのだ。その日の入試の実施倍率は8倍以上もあった。翌日、彼女から連絡があった。第1志望校にしていたK中学校、そして、手が届かないと一度あきらめたT中学校の合格切符を両手にしてどちらを選ぶべきか彼女は迷っていた。彼女は一晩悩みに悩んで自分で進学先を決めたいと言った。その晩彼女はK中学校の良いところ、T中学校の良いところをノートにびっしりと書き出してその「判断材料」にしたらしい。

「だって、わたし勉強好きだもん」

 翌日、彼女は結論をわたしに直接伝えにやってきた。

「わたし、T中学校に進学します」

「おめでとう。T中学校はかなりレベルが高いし、理系科目を得意にしている子が大勢いるよ。大丈夫かい」

 そう尋ねたわたしに彼女は微笑んだ。そして、こう言い切ったのだ。

「大丈夫! だって、わたし勉強好きだもん」

 そう、彼女は中学受験勉強を通じて得たものは「勉強が好き」と公言できるまでになった、その学習姿勢なのだ。

「教育」とは「教え育てる」ことではないとわたしは考える。この二字熟語は自動詞で解釈すべきなのだ。すなわち、「自ら教わり、自ら育つ」姿勢にわたしたち周囲の大人たちが働きかけて、導いていくこと。これが大切なのである。

中学以降もぐんぐん学力を伸ばせる子に

 保護者が無理に子どもを塾に「通わせて」も、成績は一向に伸びない。理由は簡単だ。受け身の姿勢では学ぶための「器」など何も用意されないからだ。学ぶことが好きになり、自ら問題に積極的に取り組んでいこう、わからないことはどんどん質問しようという姿勢を培った子は知識を吸収するその「器」をどんどん拡げていけるのである。

 この姿勢は中学受験だけではない。中学校に入学したあとも、絶大な「武器」になることは間違いない。その証拠に、先ほど挙げた彼女はT中学校に「ギリギリ」合格したわけだが、いまは成績的にも学内で優秀な位置にいる。

 これは決して特殊な例ではない。中学受験指導をしていると、こういう姿勢を身につけて、学力的にも精神的にもぐんと伸長する子が何人もいるのである。

 子に中学受験の道を選ばせると何が「トク」か? そう問われれば、わたしは迷わずこの点を第一に挙げたい。

 わたしは12月13日に予備校講師の武川晋也氏との共著『早慶MARCHに入れる中学・高校』(朝日新書/朝日新聞出版)を刊行する。本書では先述したひとりの女の子の話をはじめ、中学受験・高校受験で「成功した子」「失敗した子」の実例を挙げ、保護者が子の受験に寄り添うヒントを散りばめている。手に取っていただけると幸いである。

矢野耕平/中学受験指導スタジオキャンパス代表

矢野耕平/中学受験指導スタジオキャンパス代表

1973年生まれ。大手進学塾に13年間勤めたのちに、中学受験専門塾スタジオキャンパスを設立、代表に就任。現在は、東京・自由が丘と三田で2校を展開。また、国語専科・博耕房の代表も務める。
様々なオンラインメディアで中学受験や国語教育について記事を執筆中。著書に『男子御三家』『女子御三家』(ともに文春新書)、『13歳からの「気もちを伝えることば」事典』(メイツ出版)、『旧名門校 VS. 新名門校』(SB新書)など多数。最新刊は『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社+α新書)。
2児の父。
株式会社スタジオキャンパス

Twitter:@campus_yano

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