
アメリカ合衆国はドリームを叶えることができる国でありながら、犯罪率も高い国です。銃の所持が認められていることもあり、強盗事件は日本の40倍、傷害事件は10倍にもなりますが、そんななかでウィスコンシン州ミルウォーキーはアメリカ国内での犯罪率ワースト30の常連でもあるほど、治安が良くない街として知られています。
ビールの街としても有名なミルウォーキーでユニークな活動をしている、“ブラック・ストリングス・トリアージ・アンサンブル”という合奏団があります。合奏団というのは、オーケストラの小型の団体です。彼らの活動は寄付で成り立っていますが、注目されるのは、コンサートホールで演奏するのではなく、まさしく犯罪が起こった現場で演奏会をすることです。治安が悪く、犯罪が多発している場所の住民と、その周辺の人々を音楽によって癒すことが目的です。
殺人や強盗が起こった現場には誰も近寄りたくないですし、どうしても通らなくてはならない場合でも、やはり恐怖を感じます。そんな場所に合奏団が来て音楽を演奏していることで、地域を明るく照らす効果があるそうです。音楽を演奏できる場所は安全をイメージさせるので、実際に治安が悪い場所であっても、地域の住民、特に、ともすれば犯罪に走ることもある若者たちのすさんだ気持ちを明るくするわけです。
僕はさまざまな国で指揮をしてきましたが、初めて行く際には不安を感じる国もあります。「犯罪率が日本の100倍」などという情報を見た知人から、「大丈夫か?」と心配されることもあります。しかし、考えてみれば、本当に治安が悪く荒廃した国ではオーケストラは活動できないわけで、「オーケストラ=安全」と考えることにしました。もちろん、オーケストラがあるからといって、女性が夜道を歩いてもいい国だという意味ではありません。
ただし、歴史的にオーケストラを持っている中南米では、残念ながらこの原則は当てはまらないかもしれません。特にカリブ海沿岸の国々は、人々も明るく美しい場所なのですが、外務省から危険地域の指定を受けています。
ベネズエラから全世界に広まったエル・システマ
特に、国土の北側がカリブ海・大西洋に面している南米のベネズエラ・ボリバル共和国(通称:ベネズエラ)は現在、アメリカと対立していることもあり、経済面でも治安面でも大きな問題を抱えています。実は、原油の埋蔵量はサウジアラビアを抑えて世界1位の3000億バレル以上もあり(オリノコタールを含む)、1980年代までは原油の産出国として“南米でもっとも裕福な国”といわれていたのですが、その後の原油価格の下落だけでなく、政策の失敗により原油生産量も落ち込み、現在では貧困が蔓延する国になっています。また、ほかの中南米の国々と同じく、以前から貧富の差は激しく、貧しいスラム街では簡単に薬物、虐待、犯罪にかかわってしまう若者が後を絶ちません。