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曽和利光「人と、組織の可能性を信じる世界のために」

社員が辞めるのは悪ではない…無理に雇用継続で会社&社員双方の“サンクコスト”拡大

文=曽和利光/株式会社人材研究所代表

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「Getty Images」より

「退職予防」の流行

 人手不足時代、採用難時代が続いていることもあり、人を採ることに限界を感じたさまざまな企業は、今度は「どうすれば辞めさせないでいられるか」ということに力を入れ始めています。オンボーディングなどと呼ばれ始めた入社後の定着施策群から始まり、定期的な上司と部下の1on1のミーティング、そして社員の退職率予測と配置転換などの対策まで、すべては「辞めさせない」ことを最大の目的としています。「辞めなければ、採らなくてもいい」というわかりやすい理屈です。私も、基本的には一度入った会社であれば、よほどのことがなければ簡単に辞めないほうが、社員自身にとっても会社にとっても良いことだと思います。

人が辞めると多大なコストがかかる

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『コミュ障のための面接戦略』(曽和利光/星海社新書)

 辞めないほうがよい一番の理由は「もったいない」です。人が辞めると大変なコストが伴います。まず会社側から見ると、その人の採用、育成、引継ぎ、機会損失、欠員補充のための採用、会社の雰囲気への悪影響――、などなど。これらを実際に計算し始めたら、気が遠くなるような金額だと思うに違いありません。

 辞める個人側にも大きなデメリットがあります。最大のものは能力開発への悪影響です。能力を身につけるには長期間の訓練が必要で、一定の閾値を超えるまで続けないと効果がゼロに逆戻りします。辞める理由の一つに「仕事への飽き」がありますが、それは無意識でスラスラとできるようになっていない(無意識なら飽きという主観は生じません)可能性があり、そこで辞めるとこれまでの訓練は水の泡になってしまうかもしれません。

しかし、それらは「サンクコスト」である

 このように、辞めることには多大なコストがかかるのですが、ただ一方で考えなければならないのは、これらのコストの多くはいわゆる「サンクコスト(埋没費用=回収できなくなった投資費用)」であるということです。投じたコストばかりを惜しむと、引くに引けなくなる「サンクコスト効果」が生じて、さらに損失が拡大することもあります。そのため、場合によっては、どこかで損切りをしなければなりません。

 不適な人を採ってしまったとすれば、会社側にとってサンクコストです。それを無理してなんとかフィットさせようとする努力は美しいともいえますが、無理に不適なものを適合させようとすることは、うまくいかなければ余計にサンクコストを増やすでしょう。

 不適な会社に入ってしまったとすれば、個人側にとってもサンクコストです。そこで開発中の能力が他社でも通じるポータブルスキルであれば、これまでの訓練を無駄にするのは惜しいですが、その会社や仕事でしか通用しないものなら、訓練に投下した時間は捨て去って、新しい能力開発に取り組み始めたほうがよいかもしれません。

チェンジ・マネジメントが最もコストがかかる

 さらに言うと、確かに人が辞めることのコストは大きいのですが、それよりも会社にとってもっとコストがかかるのは、事業の方向性や組織の文化風土などを大きく変えるチェンジ・マネジメントです。環境の変化が激しい現代においては、会社は環境に素早く柔軟に適応していかなければ生き残ることはできません。昨日まで言っていたこと行っていたことを、今日は撤回して別のことをするというような急激な変化を、人や組織が対応できるかどうかが勝負になってきています。そして、その際に、人材の流動性の高さ、すなわち人材の出入りの激しさはプラスに働くこともあるのです。

人を「変える」のか、人を「替える」のか

 なぜなら、ある程度大人になると人はなかなか変われないからです。人の能力、性格、志向は、大人になればなるほど定着していきます。定着していくからこそ、再現性を持って発揮される強みとなりうるわけです。

 ところが、もしその能力、性格、志向が環境の変化によって会社に必要がなくなるのであれば、今度は逆にアンラーニング(忘却)をした上で学び直しをしてもらわなくてはなりません。しかし、これがとても難しいのです。そんなことをするぐらいであれば、いっそのこと人を入れ替えてしまうほうが早い。それが人材の流動性が一定以上高いほうが、変化に対応するにはプラスになるという理由です。

動機は「善」、結果は「リストラ」

 このようなことを言うと、「なんと冷たい考え方だ」と嫌悪感を示す人もいるでしょう。しかし、このような考え方をしていないから、世の中で多くのリストラが起こるのです。「袖触れ合うも他生の縁」ですから、一度入社してきた人を大切にすることは本当に素晴らしい。

 ただし、なんでもバランスの問題で、度が過ぎると、変化になかなか対応できない人も会社に残し、結局会社の体力(財力)がなくなれば一気に切ることになる。これがリストラです。本当に一生その人の面倒を見るというなら、究極的には「飼い殺し」も一つの幸せかもしれません(私はよいとは思いませんが)。しかし、それも現実的ではないでしょう。

「別れを選ぶ」という勇気を持つ

 ヨーロッパのことわざで「地獄への道は善意で敷き詰められている」というものがありますが、「動機が善で、結果が悪」という行為はなかなか批判されがたいゆえに継続し続け、罪深いものです。「人が辞めるのは絶対悪である」という考え方もこれにあたると思います。

 むしろ、このようなご時世、会社と個人はそれぞれにとってメリットがある間だけコミットしあえばよいのであり、そうでなくなれば回収できないサンクコストを諦めて新しい道をお互いに歩んでいくという「別れを選ぶ」勇気を持つほうが必要かもしれません。逆に言えば、いつか別れる可能性のある間柄だと思うからこそ、つながっている間を真剣に一生懸命に生きられるのではないでしょうか。

(文=曽和利光/株式会社人材研究所代表)

曽和利光/人材研究所代表

曽和利光/人材研究所代表

京都大学教育学部教育心理学科卒。新卒でリクルートに入社、2009年まで人事や人事コンサルティングを行う。人事GMとして、最終面接や人事担当者トレーニングなども担当。その後、ライフネット生命などのベンチャー企業の人事責任者を経て、現職。現在は、日系大手から外資、ベンチャー、中小企業様に至るまで、様々な会社の、人事や採用に関するコンサルティング、トレーニング、アウトソーシングの事業を推進中。
日本採用力検定協会理事/日本ビジネス心理学会理事/情報経営イノベーション専門職大学客員教授
株式会社人材研究所

Twitter:@toshimitsu_sowa

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