六代目山口組の権太会が今度は神戸山口組系組織を吸収…分裂問題の台風の目となるか?の画像1
膠着状態が続いていた中、六代目山口組が動き出した(写真は、六代目山口組総本部)

 日本社会をどん底へと突き落としたコロナ問題、ここへ来て徐々にではあるが、収束の方向に向かいつつある。そうしたなかで、膠着していた山口組分裂問題にも、水面下で動きが起き始めているというのだ。

「緊急事態宣言が継続されるなかでも、ゴールデンウィーク明けの5月7日から世間が少しずつ動き出した。繁華街にも人が出始めている。そうした世間の動きと歩調を合わせるかのように、六代目山口組も動きを見せている。7日に、六代目サイドでは執行部会を開催させたようだ」(業界関係者)

 さらに六代目山口組では、ブロックごとに事細かな通達が発せられているという。

「解散した神戸山口組系組織の組員の処遇や、山口組新報(山口組機関紙)の流出の厳禁などについて、ブロックごとに通達が出され、執行部の意向を周知させている。特定抗争指定暴力団に指定された上、コロナ問題もあって、表立った活動はしにくい状況ではあるが、裏ではしっかりと統治機能が働いている」(同)

 また、傘下組織にも大きな動きが起きている。六代目山口組の中核組織、三代目弘道会内野内組にあって、今や大阪随一の繁華街「ミナミ」で盤石な地盤を築き上げた権太会が、またしても勢力を拡大させたというのである。

 この春にも、三代目山口組時代からの名門組織、二代目大平組の流れを受け継ぐ「大興會」が、同じく二代目大平組出身の平野権太会長率いる権太会に加入した【参考「六代目山口組へあの名門組織が移籍」】。平野会長が六代目山口組のもとで、一度はそれぞれの道を歩んでいた“大平一門”をまとめ上げたのだ。

 その権太会が、今度は関東のある組織を吸収し、関東圏に2つ目となる、あらたな支部を置いたというのだ。

「破竹の勢いとはまさにこのことではないか。大興會は絆會(旧・任侠山口組)傘下だったが、今回は、神戸山口組サイドの中核組織傘下の勢力を吸収したというのだ。その組から権太会に登録させた組員数は最低限に抑えたという話だが、関係者まで含めれば相当な勢力拡大と見て間違いないのではないか」(関東在住の関係者)

 権太会が、六代目山口組の四次団体という立ち位置ながら、関西を拠点に関東にまで勢力を拡大し続けている要因とは、いったいなんなのか。それはやはり、平野会長の人柄、資質によるところが大きいのではないだろうか。平野会長をよく知る関係者はこのように語る。

「最大の魅力は、行くと決めた道は必ず行くという、決して揺るがない姿勢だろう。権太会は任侠山口組時代や神戸山口組に在籍していた時代もあるが、どちらの組織でも前線で戦い続けて、力でのし上ってきた。その都度、多くの幹部組員が検挙され、今もなお社会不在を余儀なくされている。それでも組員が戦い続けれるのは、その後の組織としてのバックアップがしっかりしている現れだろう」

 戦うと決めたら、徹底的に戦う。傷ついた者がいたら、徹底的に守る……そこに、平野会長のヤクザとしての魅力があるというわけである。その姿勢は、どれだけ法律でヤクザが締め付けられても、変わることがないというのだ。

 筆者がまだ20代の頃。大阪でも西成区という街は激戦区であった。そこでも平野会長はどんな組織とバッティングしようとも、一切引くことなく「ゴン太じゃ!」で押し通してきた。今でも変わらぬ、時代や力に流されないその姿に、多くの男たちが惹きつけられるのではないだろうか。

 そして、義理堅い。それは、平野会長の出身母体、二代目大平組・中村天地朗親分の背中を見てきたからではないだろうか。現役時代の筆者を従えていた中村親分という人は、とにかく義理堅い人であった。それは、引退した今も変わることがない。そうした姿勢を平野会長が受け継いでいるからこそ、中村親分引退後、一度は離散した大平一門が権太会に集結したのだ。そして、その権太会に、今度はまた違う勢力が加入した。

 山口組分裂問題において現在、権太会は最前線に立ち続けている組織のひとつといえるのではないだろうか。

(文=沖田臥竜/作家)

●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。以降、テレビ、雑誌などで、山口組関連や反社会的勢力が関係したニュースなどのコメンテーターとして解説することも多い。著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。最新小説『忘れな草』が発売中。

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