「ピンチはチャンス」という言葉があります。マイホームの取得にとっては、現在の状態がまさにそれに当てはまるのかもしれません。コロナ禍で先行き不透明感が強く、多くの人がマイホームの取得をためらっていますが、実際にはいまこそ買い時と、マイホーム取得に動いている人が多いのです。
発売戸数は7月には前年同月比でプラスに
2020年4月に緊急事態宣言が発出され、5月に解除されるまで、多くの企業が自主的に営業活動を自粛しました。住宅業界も例外ではありません。新築マンションの発売を停止・延期し、モデルハウスを閉鎖しました。住宅メーカーも営業所を休業、住宅展示場を閉鎖しましたし、中古住宅などを扱う仲介会社の多くも営業を自粛しました。
その結果、図表1にあるように首都圏の新築マンション発売戸数は20年5月には月間発売戸数が393戸までダウンし、過去最低を記録しました。これは、近畿圏も同様で、5月には214戸まで減少しています。
しかし、緊急事態宣言が解除され、コロナ対策と経済活動の両立が叫ばれるようになってから、発売戸数は急速に回復しました。近畿圏では6月に1407戸と、1000戸台を回復し、7月には首都圏の発売戸数は2083戸と前年同月比で11カ月ぶりの増加に転じたのです。8月はお盆休みなどもあったため、多少減少しましたが、それでも1669戸になっています。
6000万円台でも月間契約率は60%台を維持
しかも、価格は6000万円台の高い水準を維持しています。コロナ禍で売りにくいからと、価格を下げるのではなく、年初来の高い水準が続いているのです。首都圏の場合、20年に入ってから一貫して6000万円台前半を維持しています。コロナ禍以前の19年より一段と高い水準を維持し続けているのです。
それでも、首都圏の月間契約率は図表2にあるように60%台を確保しています。月間契約率というのは、発売された月中に発売された物件のうち何%が売れたかを示しています。一般には70%が好不調のボーダーラインといわれますが、首都圏ではこのところその70%を超えるか、それに近い60%台の水準を維持しています。図表2にあるように19年の後半は70%よりかなり低い月が多く、なかには、40%台、50%台の月もありました。それに比べれば、コロナ禍でもかなり売れているといっていいのではないでしょうか。
コロナ禍で先行きが見えにくいなかでも、多くの人が6000万円台という高額の物件を買っているのです。日本人のたくましさを感じますが、これは何も新築マンションだけに限りません。中古マンションにも活気が戻りつつあります。
中古マンション成約件数は8月として過去最高
図表3をご覧ください。これは、国土交通大臣指定の不動産流通機構である東日本不動産流通機構(東日本レインズ)が、首都圏の中古マンションの取引動向を分析したものです。
それによると、首都圏中古マンションの8月の成約件数は3053件で、前年同月比18.2%の増加でした。新型コロナウイルス感染症拡大の影響が始まった20年4月以降、成約件数は前年同月比で2桁台の大幅な減少が続きましたが、7月には減少幅が2.4%まで縮小し、8月にはいよいよプラスに転じたわけです。
この調査を行っている東日本レインズによると、8月はお盆休みがあるため、例年成約件数が大きく落ち込むのが通例で、ブルーの棒グラフでも7月に比べると減少しているのですが、実は8月の3053件という成約件数は、1990年に東日本レインズが発足してから8月としては過去最高の数字だそうです。コロナ禍で成約件数が減少していた時期には、買いたくても具体的に行動できなかった人たちが多かったと想像されますが、そうした人たちがいよいよ動き出したといっていいでしょう。
成約価格は3カ月連続して5%台の上昇
しかも、成約価格はこのところ上昇が続いています。さすがに、新型コロナウイルス感染症拡大の影響が本格化した4月、5月は前年同月比でマイナスを記録しましたが、6月には上昇に転じ、6月5.3%、7月5.4%、8月5.3%と5%台の上昇が続いているのです。
8月の成約価格の平均は3644万円で、コロナの影響が広がる2月の成約価格3573万円を上回るレベルに上がっています。このまま順調に推移すれば、過去最高だった20年1月の3672万円を上回る可能性もあります。この3カ月続いている5%台の上昇が9月も続けば、3800万円台まで上がる計算です。
こうした好調な成約状況のため、市場は売手優位の売手市場になっています。図表4をご覧ください。これは、首都圏中古マンションの成約価格、新規登録価格、在庫価格の1平方メートル単価の過去1年間の推移を示しています。
ほとんど売出し価格で売れる売手市場に変化
一見してわかるように、コロナ禍が深刻だった時期には、ブルーの折れ線グラフである成約価格の単価は急速に下落、オレンジの新規登録価格との差が極端に大きくなりました。つまり、この時期には買手が少ないため、売手としては売値である新規登録価格よりある程度低い価格に値引きしないとなかなか売れなかったのではないかと推測されます。いわば買手優位の買手市場だったわけです。
それが、緊急事態宣言解除後には、急速に成約価格の1平方メートル単価が上昇、新規登録価格と成約価格の格差はほとんどなくなりました。4月には11.8%あった差が、8月には2.7%まで縮小しているのです。
こうなると、ほとんど新規登録価格のままか、それに近い状態で売れているとみられます。値引きなしの、出し値で売れる公算が高く、完全に売手優位の売手市場になっているということです。
物件不足で困り果てている仲介会社の担当者も
買手からすれば、価格の上昇が始まっているので、今のうちに買っておかないと、次にいつ自分たちに合う物件が出てくるかわかりません。もし出てきたとしても、大幅に上がっているのではないかと考えると、早めに買っておいたいいだろうということになります。
こうした売手市場だと、市場に新たな物件が出ても、すぐに客がついてしまいます。コロナ禍に襲われる昨年までの好調な時期には、業界では“瞬間蒸発”ということがささやかれました。せっかく物件が出てきても、たちどころに売れてしまい、物件が決定的に不足している状態を意味します。
それと同じような事態が、いま起こりつつあり、「お客はいるのに、物件がなかなか出てこない」と嘆く仲介会社の担当者が多くなっています。
一戸建て市場にも活況が戻りつつある
これは、一戸建て市場にもあてはまります。やはり新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた当初は新築一戸建て、中古一戸建てともに成約が減少しましたが、それもあっという間に回復、むしろ19年よりも成約数が多い状態が続いているのです。たとえば――。
図表5にあるように、20年4月の首都圏中古一戸建ての成約件数は686件と1000件以下に落ち込みましたが、早くも6月には1173件と1000件台を回復、7月は1186件、8月も1175件と1000件を超える水準が続いています。19年には1000件以下の月も多かったので、現在の中古一戸建て市場は、むしろコロナ禍以前より活気にあふれているといっていいでょう。
成約価格をみても、20年8月は3216万円で、前年同月比6.1%上昇しています。折れ線グラフにあるように、明らかな右肩上がりです。
コロナ禍でなぜこんなに元気があるのか
以上、みてきたように、首都圏の住宅業界は、マンション、一戸建てにかわらず、また新築、中古にかかわらずコロナ禍以前の元気を取り戻しています。むしろ、中古一戸建てのように、コロナ禍以前より活性化している分野もあります。
コロナ禍で先行きが見えにくいなか、住宅業界はなぜ、こんなに元気なのでしょうか。その理由については続編で分析してみましょう。
(文=山下和之/住宅ジャーナリスト)