大学の権力的支配を許していいのか――。
全国の大学で「大学改革」の名のもとで学長への権限集中が進められ、教員の意思が軽んじられているとして、大学運営のあり方を考えるシンポジウムが10月18日、大分市で開催された。
報告されたのは2つの国公立大学の現状だった。ひとつは大分大学。2015年に学長の任期上限と、学長選考の教員による意向投票が撤廃された。その結果、学長に権限が集中し、昨年には経済学部長の選考をめぐり学長が教授会の意向を無視して学部長を決めたほか、医学部の教授採用でも学長が教授会が選んだ候補者とは別の人物を採用した。大分大学の問題については、『大分大学、学長“独裁化”で教授会と内紛』に経緯を書いた。
もうひとつの報告は下関市立大学。安倍前首相の元秘書である前田晋太郎下関市長によって「私物化」が進められている公立大学だ。
昨年6月、前田市長の要請で経済学部しかない大学に、特別支援教育などについて研究する専攻科設置と、それに伴う教授ら数人の採用を、学内で定められた手続きを踏まずに強引に決定。この決定に教員の9割が反対すると、市議会に定款の変更を提案し可決。学内の審査がなくても教育研究に関することや、教員の人事・懲戒などを決定するのを、理事会の審理だけで可能にした。
すると今年1月、教授に採用されたハン・チャンワン氏が大学の理事に就任。4月には新たに2人の副学長を置くことになり、1人は市役所職員OBの現事務局長、もう1人はなんと着任したばかりのハン氏が就任した。ここまでの経緯は、『下関市立大学が“無法地帯化”』で伝えている。
シンポジウムでは、二宮孝富大分大学名誉教授が大分大学の問題点を報告。学長が任命する権限と選任権を分離して考えていない点は、日本学術会議の任命拒否問題と共通しており、権力的支配は大学のみならず学術の分野全体やそれ以上に広がりつつあると指摘した。
下関市立大学からは飯塚靖経済学部長が参加し、4月以降に大学で何が起きているのかを報告。大学のガバナンス問題について警鐘を鳴らしている明治学院大学の石原俊教授がコメンテーターとして出席し、筆者も全国の大学を取り巻く状況を報告した。
特に参加者を驚かせたのは、下関市立大学で4月以降に進行した異常ともいえる権力的支配だった。本稿では、特に下関市立大学の現状と、このシンポジウムに対する大学側の驚くべき反応について触れたい。
就任したばかりの副学長に権力集中
前田下関市長による強引な採用によって下関市立大学の副学長に就任したのは、前琉球大学教授のハン・チャンワン氏。4月に設立されたリカレント教育センターの教授に就任し、ハン氏の弟子に当たる人物2人が准教授、講師として着任した。
そこから大学は、ハン副学長に次々と権限を集中させる決定をする。副学長としては教育と研究に加え、大学院も担当。理事としては「経営理事」に就任し、教育、研究、経営すべてに権限を持つ立場になった。
既存の組織も改編され、これまでの教職員一体で体制を作ってきたハラスメント防止委員会を廃止し、相談支援センターを置いた。国際交流を推進する国際交流委員会も国際交流センターに移行。いずれの組織も統括責任者に就いたのはハン副学長だ。
さらにハン副学長は、教員人事評価委員会の委員長と、教員懲戒委員会の委員長も兼任。着任したばかりの人物に、教員の採用や昇任に関する権限と、懲戒に関する決定まで集中させてしまった。
ハン副学長は就任前に、自身の採用に反対した当時の経済学部長の飯塚学部長と副学部長に対し、「プライバシーの侵害」と「名誉毀損」があったとして損害賠償を求める民事訴訟を起こしている。そのような人物が、教員を懲戒処分する責任者になっているのだ。
副学長の人脈で相次ぐ教員採用
ハン副学長に権力が集中することで、下関市立大学の運営は健全な状態とはいえなくなっている。その最たるものが教員の採用だ。
まず、ハン副学長とともに4月に着任した准教授と講師は、ハン副学長が副理事長を務める学会の会員であり、ハン副学長の前任校の琉球大学出身だった。
縁故ともいえる採用は、それだけにとどまらない。関係者によると、5月には教員採用選考規程が決定され、人事評価委員会での選考過程を省略して、学長単独の判断で教員の選考や採用を可能にした。
すると、6月と7月の理事会では、ハン副学長の主導で開設されることになった「大学院教育経済学領域」に2人の准教授が採用された。この2人も同じ学会の会員で、ハン副学長が勤務していた韓国の大学の卒業生だという。
しかも、ハン副学長を含む全員が、東北大学大学院の医学系研究科に在籍したことがある。公募をするわけでもなく、研究者による資格審査もないまま、ハン副学長と関係がある教員が次々と採用されているのだ。これは国公立大学の教員採用人事としては、異例の事態と言えるだろう。
さらに、今後は学長の選考についても、教員は事実上候補者の推薦ができなくなった。学長選考会議の規程が改定され、推薦には理事2人の連名が必要になったが、教員出身の理事は飯塚教授しかいないためだ。他の理事の構成は、理事長を含む2人の理事が市役所OBで、外部理事が2人、それにハン副学長。学長の選考に教員の意見がまったく反映されない体制ができ上がったのだ。また、これまでは認められていた教員による学長候補者の推薦や教職員による意向投票も廃止された。
シンポジウムに参加した教授を理事解任
下関市立大学の現状を知り、シンポジウムの参加者は驚きを隠せなかった。明治学院大学の石原教授は「副学長を前面に出しながら、下関市長と市役所出身者が教育、研究、教員の人事権を全て握る大学支配が完成しようとしている。この異常な権力構造を問題にしていかないといけない」と警鐘を鳴らした。
ところが、シンポジウムの数日後、関係者にさらなる衝撃が走った。下関市立大学の飯塚学部長が理事を解任されたのだ。
解任の理由はシンポジウムに参加して報告をしたことが「地方独立行政法人法第17条」に違反するだという。飯塚学部長は「シンポジウムでの報告のどこが問題なのか明確な説明もなく、理事会において突然理事を解任されたことは納得できない」と主張している。
学外での意見表明のみを理由にした今回の理事解任は、とても民主的な組織運営とは言えない。しかも、学問研究の場である大学で平然となされたことは、社会通念上も許されないのではないだろうか。下関市立大学は公立大学でありながら、市長を中心とする政治の意向によって、教育や研究が事実上破壊されようとしている。このような政治の介入による権力的支配が許されるのであれば、全国の大学にも広がってしまうだろう。
シンポジウムが開催された時期には、大分大学と同様に学長の任期上限と意向投票を撤廃した筑波大学学長選が紛糾し、選考が不透明だとして東京大学の総長選考が大混乱した。さらには日本学術会議の任命問題など、大学や学問に対する権力的支配がクローズアップされている。その中でも、悪い意味で先頭を行く下関市立大学の問題の行方は、今後も注視する必要がある。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)