早稲田大学“医学部”誕生が現実味を帯びてきた…東京女子医大は経営難で学費1200万円値上げ
北海道旭川市の旭川医科大学の吉田晃敏学長が、新型コロナウイルスの感染者を受け入れるよう訴えた同大付属病院の古川博之病院長を1月25日付で突然解任して、文部科学省も巻き込む騒ぎになっている。
学長は病院長の主張を拒否し、新型コロナ患者を受け入れるなら辞めろ、と迫ったと伝えられている。記者会見を開いた学長は、学長の下に病院長がいる、として、患者受け入れに関わる学長との協議内容を外部に漏らしたことを、解任の理由に挙げた。
この学長のキャラがネタとしてはおもしろく、マスコミに話題を提供しているが、ある意味で現在の大学問題を浮かび上がらせている。大学の代表者である学長の経営的視点と、病院長という地域医療を担う医師としての責任感の対立である。旭川医大は国立の医療単科大学だけに、問題は比較的単純な構図であるが、これが総合大学の医学部付属病院だったらどうなるであろうか。特に私立大学だと、問題は複雑になってくる。
それでなくても、医学部と付属病院が置かれた環境は厳しい。新型コロナの影響で病院経営が圧迫されているだけでなく、日本医科大学付属病院で発覚した無給医(大学院生など)の問題や、東京女子医科大学病院の麻酔科医の業務上過失致死問題などは病院の体質に起因するものであり、他の医学部病院も他人事ではない。
医学部入試は激変の時代へ
医学部は、新型コロナ禍による受験生の動向という直近の傾向だけでなく、長期的に入学定員の減員を迫られる可能性がある。厚生労働省では、2023年の医学部入学者が医師となる6年後の2029年頃には、医師の労働時間を週60時間程度に制限すると仮定して、人口減によって患者数が減り、医師の需要も少なくなると見込まれ、需給が逆転すると試算している。
すなわち、医師が過剰になるというのである。その前提で、医学部総定員8397人の10%強の933人を占める臨時増員の解消を順次進めていく方針が、厚労省の検討会議で決まった。また、今まで臨時増員の多くを占めていた地域枠は解消するのではなく、逆に恒久定員の中に含めることにした。その分、一般枠の医学部定員が減少することになる。
これまで地方国立大学の医学部には大都市の私立進学校からの入学者も多く、卒業後は地元の地域医療に従事せず、出身地に帰ってしまう例も少なくなかった。そこで、地域枠で地元出身などの入学者を確保して、地域医療に従事してもらおうという方針になったのだ。一般枠が狭まる分、今後は大都市Uターン型の受験生にとっては合格のハードルが上がるだろう。
その代わり、地域枠はすべて特別枠になる。具体的な選抜方法は、一般入試や推薦入試などの入試形態を含め、大学と都道府県が相談の上で決める。都道府県内に複数の大学がある場合は、各大学・都道府県で地域枠の設置数の調整を行う。
旧帝大系など研究に主眼を置く一部の大学では地域枠を設定せず、他の大学では定員の大半を地域枠にする、といった都道府県も生まれるだろう。別枠で実施ということになれば、優秀な受験生を早期に確保するために、私立大だけでなく国立大でも、総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜(旧推薦入試)を利用した地域枠入試が増えそうだ。医学部入試は、これから激変の時代に入っていく。
医学部+附属病院のセットで統合が加速か
慶應義塾大学の共立薬科大学との統合、さらに東京歯科大学との合併という流れが注目されているが、その拡大戦略とともに見逃してはならないのが、医学部におけるアントプレナー(起業家精神)教育だ。2016年に「知財・産学連携タスクフォース」を設立、同時に「慶應義塾大学医学部健康医療ベンチャー大賞」などで「医学部発ベンチャーを100社創出」をうたっている。医療分野における起業やイノベーションの波をつくろうとしているのだ。これも慶應らしい戦略だ。
私立の大阪医科大学と大阪薬科大学の統合は4月にスタートし、伝統ある医学部を擁する大阪市立大学と医療系学部を持つ大阪府立大学が統合する大阪公立大学も既定路線だ。医学部統合時代の序曲だ。
一方、アンブレラ方式(1法人複数大学制)として2022年に予定されていた国立大学の静岡大学と浜松医科大学の統合再編は、1月末に延期が発表された。4月に就任予定の静岡大学の新学長が、統合・再編に慎重なためである。一方で、統合に積極的な浜松医科大が、今後どのように動くかが注目される。
恒久定員の削減で、国際医療福祉大学や東北医科薬科大学のような医学部新設の動きが抑制されるのは必至。むしろ、コロナの影響で大学病院などの経営が逼迫しており、既存医学部とその附属病院をセットにした統合吸収の動きが加速しそうだ。
可能性が高まってきた早稲田大学の医学部設置
とかく話題になる早稲田大学の医学部設置問題も、今まではほとんどが噂の段階であったが、早大が本当に動き始めれば、最近は実現の可能性が高まっている。今までお高くとまっていた“花嫁候補”の私立医科大学が、コロナ禍による附属病院の経営難と医学部定員減少方針を抱え、将来のあり方を真剣に考えざるを得なくなっているからだ。
大都市の私大医学部の一般枠定員減が進むことで、早大の医学部探しの背中を押す可能性はある。田中愛治現早大総長は就任時に医学部設置問題にも触れ、注目された。私立医大との対等合併を実現すると主張していたが、具体的なニュースは出ていない。ただ、日本医科大の指定校推薦に、早大附属の高等学院、早稲田実業、本庄高等学院で各2名が決まったので、連携から合併という可能性に触れるニュースもあったが、当局ははっきり明言していない。
ちなみに、日本医科大は現在、前期試験で地域枠10名(千葉県4名、埼玉県3名、静岡県3名)を設けているので、早大との統合でこの地域枠の拡大を目指す戦略も描ける。
一方、昔から噂があった東京女子医大も、以前のようにお高くとまっていられる状況ではない。経営的にかなり苦しく、6年間で1200万円、年間平均200万円の学費増を決めたほどだ。早大から真剣に“プロポーズ”されたら、心が動くかもしれない。
他の私大医学部病院も、同じような状況に追い込まれているケースは多い。早大としては、慶大と比肩すべく医療系のコングロマリット(異業グループ企業)構想として、東京医科大学、東京薬科大学、日本歯科大学の3大学との連携から統合への長期戦略も考えられる。
東京医科大は、早大と同じ新宿区内の病院建て替えで経営的に厳しい。また、連携する東京薬科大も、薬剤師養成課程の6年制導入で改革が必要になっている。日本歯科大も、歯科医過剰の時代に新たな展望を求めている。早大がこの3者統合の要となり、地域枠対応も含めて全国展開を図る壮大なビジョンも、今なら夢ではない。練達なネゴシエーターがいることが条件であるが……。
有名私大の医学部合併作戦は今がチャンス
他にも、私立医科大学と財政力がある有力私大との統合も現実性を帯びてきている。中でもミッション系は母体のキリスト教団の意向を受けて、具体化する可能性がある。
たとえば、カトリックの上智大学。2011年に看護学部の聖母大学と合併した。神奈川県の聖マリアンナ医科大学も、同じカトリック系ということで2014年に包括連携協定を締結。今なお統合の可能性も消えていない。
同じキリスト教でも、ともに米国聖公会の宣教師によって創設された立教大学と聖路加国際病院は、戦中戦後に立教大に医学部をつくる構想もあった。人気の看護学部を擁する聖路加国際大学と立教大の大型合併の構図もあり得る。ただ、難は医学部の新設を認められるかどうかだ。既設医学部の統合ならともかく、医師過剰の需給推計が出ているからだ。
今まで医学部の同窓会などの高いプライドが統合再編の障壁になっていたが、今や総合大学の学際的研究との連携も含めて、新たな展望を切り開く状況になっている。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)