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藤和彦「日本と世界の先を読む」

自治体、低スキルの失業者にも意義のある仕事を提供…技能実習による再就職、実効性乏しく

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「Getty Images」より

 バイデン米大統領は3月31日、今後8年間で2兆ドルを投じるとするインフラ投資計画を発表した。東部ペンシルベニア州で公表された「米国雇用計画」の目的は、歴史的な経済成長を生み出し、企業の競争力を高めることにある。バイデン氏は演説で「数百万人の雇用を生み、中国との国際競争に勝てるようにする計画だ」とし、超党派で対中強硬論が広がる連邦議会の状況を念頭に、中国への対抗策としての位置づけを強調した。

 老朽化した道路や橋の刷新などに6210億ドル、高速通信網の普及に1000億ドル、電気自動車の普及に不可欠な全国的な充電網の構築に1740億ドル、国内のサプライチェーンの強化など製造業の振興に3000億ドル、非軍事分野の研究開発投資に1800億ドルなど、気前の良いメニューが目白押しだが、財源は2017年のトランプ減税で21%に下がった法人税を28%に上げるなど、今後15年かけて賄う予定である。

 レーガン政権以来続いてきた「小さな政府」から「大きな政府」へと舵を切る極めて野心的な提案だが、実現までには紆余曲折が予想される。米国の歳出入改革は連邦議会の専権事項であり、上院は民主、共和が各50議席で勢力が拮抗している。野党共和党は計画公表前から「大増税につながる『トロイの木馬』である」と反対の意向を表明している。民主党内でも左派からは「気候変動への対応が不十分」との不満が出ている。

 バイデン政権が第二次大戦後以来最大の投資を行うことを決断した背景には、米国内で生じている深刻な「分断」がある。「バイデン政権誕生を忌み嫌うトランプ前大統領の支持者の生活が良くなれば、国内の分断が和らぐ」と期待して、戦前のニューディ-ル政策を彷彿とさせる連邦政府主導の雇用創出計画を策定したのだろうが、これにより本当に米国内で良質な雇用が生まれるのだろうか。

失業の原因は「技能ギャップ」

 米国の失業率は昨年2月の3.5%から4月にかけて14.8%に急上昇した後、今年2月には6.2%にまで回復しているが、一時金の支給や失業手当の増額もあって労働参加率が落ちていることを修正すると、実際の失業率は9%強の水準となる(3月31日付日本経済新聞)。

 2021年2月の米国の非農業部門の雇用者約1億4300万人のうち、鉱業・建設業・製造業を合わせた財生産部門は約2000万人と全体の14%である。これに対しサービス業の雇用者は1億100万人で全体の71%、政府部門の雇用者(15%)を加えると86%となるが、直近12カ月でサービス業の雇用者数は950万人(6.2%)減少した。IT革命などにより大手企業の生産性が上昇した結果、多くの労働者がサービス業に吸収されたが、新型コロナウイルスのパンデミックのせいでサービス業の雇用吸収力が当分の間大きく落ちこむのではないかと懸念されている。

 経済成長の成果をすべての人々が共有できるようにするためには、競争の敗者が再チャレンジできる環境を整備しなければならないが、現在の経済学では失業の原因は「技能ギャップ」とする考えが主流である。「失業者に必要なスキルを習得させる研修プログラムを用意すれば、ハイテク分野などへのインフラ投資で雇用の創出を図ることができる」というものだが、技能実習を受けても失業者の再就職は一段と困難になっているのが実態ではないだろうか。生産年齢世代で失業している米国男性の半数近くが「鎮痛剤」を処方され薬物中毒になっている(1月21日付ロイター)という「不都合な真実」もある。

地域密着型の公共サービス雇用制度

 今回の雇用計画で筆者が注目しているのは、高齢者や障害者向けに手頃な価格で提供できる「地域密着型介護サービス」の拡充のために4000億ドルの予算が充てられたことである。コロナ禍の影響を強く受けているサービス業に従事している女性に対してケアの仕事を提供しようとする趣旨であろう。

 日本の高齢化率(28%強)ほどではないが、米国の高齢化率も年々上昇している(16%強)。米国国勢調査局によれば、2035年までに米国の高齢者の数は史上初めて子供の数を上回るという。米国でも介護従事者の待遇は悪く(在宅上級介護者の年収は1万7000ドル以下)、慢性的な労働力不足に悩んでいる。

 今回の提案は長年の問題を解決する一助になると期待されているが、これを後押ししたのは、バイデン氏と大統領予備選を戦ったサンダース上院議員の経済顧問を務めるケルトン・ニューヨーク州立大学教授であると筆者は見ている。彼女は「ケア・エコノミー」の実現を目標に掲げ「地域密着型の公共サービス雇用制度」を提唱していたからである。

 この制度は、まず最初に地域の人々自身がコミュニティーなどのケア(世話)に必要な具体的な仕事を決める。これを踏まえ、基礎自治体は仕事の案件のストックをつくり、さまざまなスキルや関心を持った失業者に対して適切な仕事(時給15ドル以上、就労形態は自由)を提供する体制を整備する。必要な財源は、中央政府(労働省)が確保するというものである。このようなやり方であれば、低スキルが災いして労働市場に参入できないでいるトランプ支持者に対しても、意義のある仕事を提供できるのではないだろうか。

 日本では、高齢者が重度の要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、「地域包括ケアシステム」を2025年までに実現することを目標にしているが、現状は非常に厳しい。米国と同様、介護従事者の待遇が悪く、慢性的な人手不足となっているからであり、この問題はコロナ禍によりさらに深刻化した。サービス業に従事する比率が高い女性の自殺者の増加という問題も発生している。

 今後日本でも米国にならい「大きな政府」に舵を切る可能性があるが、前述のケルトン氏が目標とする「ケア・エコノミー」の実現という視点を大切にすべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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