昨年12月19日、全世代型社会保障検討会議の中間報告が発表された。前編に引き続き、後編では、この中間報告を踏まえ、高齢者医療の変遷と今後の医療費負担にどう対応すべきかを考えてみたい。
1970年代は医療費ゼロ! 高齢者医療制度の変遷は?
そもそも、高齢者医療の自己負担はどのように推移してきたのか、整理してみよう。
まず、日本の公的医療保険(以下、医療保険)における最大の転換点は1961(昭和36)年4月に「国民皆保険制度」が導入されたことだ。これによって、すべての国民が加入する公的医療保険制度が発足した。
そして1960年代後半の昭和40年代に入ると、高齢者を含め、被用者保険被扶養者や国民健康保険の一部負担に関し、自己負担分を各自治体が公費(税金)負担とする措置が普及していた。
その後、高齢者医療制度としては、1973(昭和48)年1月に国の制度として老人福祉法に基づく「老人医療費支給制度」が創設された。70歳以上の国保被保険者と被用者保険被扶養者(ただし、所得制限あり)の医療費の自己負担はゼロ(無料)だった。しかし制度導入後に高齢者医療費は急増。被用者が退職後に国民健康保険へ移行するようになると、制度間の高齢者医療費の負担に著しい不均衡が生じる。
そこで新しく1983(昭和58)年2月、老人保健法が施行され「老人保健制度」が創設。対象は、70歳以上および65歳以上の寝たきり高齢者である。ここで、患者には定額負担の仕組みが導入され、入院300円/日(2カ月限度)、外来400円/月がかかるようになった。このあたりから、頻繁に細かな負担増の改正が行われ始める。
1987(昭和62)年1月には、老人保健法改正によって患者負担が引き上げられ、入院400円/日(低所得者300円(2カ月限度))、外来日額800円/月となり、その後も自己負担はじわじわと引き上げられ、2001(平成13)年には、ついに負担が定額から定率へと切り替わることに。患者には「1割」(月額上限あり)の自己負担が発生する。
その後は、原則1割のまま、一定の所得のある「現役並み所得者」は2002(平成14)年に「2割」、2006(平成18)年に「3割」と、収入によって負担割合に差が生じるようになった。また、2002(平成14)年10月から、後期高齢者への施策の重点化ということで、老人保健医療受給者の対象年齢が従来の「70歳以上」から「75歳以上」に引き上げられている。
そして、2008(平成20)年4月から、75歳以上と一定の障害のある65歳以上を対象にした「後期高齢者医療制度」が導入され、現行の負担割合となっている。
負担増は「医療」だけではない!「介護」もたび重なる改正が実施
さて、高齢者にとっての不安材料は「医療」だけではない。「介護」に関しても、認知症などを含めて、不安視しているシニア層は非常に多い。その上、公的介護保険(以下、介護保険)の改正も医療以上に頻繁に行われており、被保険者の負担が増大している。
介護保険は、急速に進む高齢化を公的な社会保険制度で対応する目的で、2000(平成12)年4月から導入された。いわば、加齢とともに衰えていく心身を支え、最後まで自分らしく生きるために整えられた共助のしくみだ。制度が導入されて以来、はや20年近くが経過した。65歳以上の被保険者が約1.6倍に増加するなか、介護サービス利用者数は約3.3倍に増加。高齢者の介護になくてはならないものとして定着しつつある。
介護保険法では、保険給付の円滑な実施のため、3年間を1期として介護保険事業(支援)計画が作成。保険料などが改定されている。また、施行から5年を目途に、必要な見直しも行われており、現在2018~2020年までの第7期計画が実施されている。
そこで、気になる介護保険の利用者負担だが、原則は「1割」。しかし、改正によって2015年8月1日から一定の所得がある65歳以上の利用者負担が「2割」に引き上げられた。対象は、単身世帯なら年収280万円、夫婦世帯なら年収346万円以上の場合である。さらに、2018年8月1日からは、2割負担者のうち、とくに所得の高い層の負担割合が「3割」に引き上げられた(ただし、月額4万4,400円の上限あり)。
基準は単身世帯なら年収340万円、夫婦世帯なら年収463万円以上が対象となる。厚生労働省の資料では、受給者全体496万人のうち、2割以上負担者は45万人。なかでも3割負担者は約12万人(全体の約3%)という。
【前編】で紹介したように、後期高齢者医療制度の被保険者のうち、医療費の3割負担の可能性のある「現役並み所得」に該当するのは約7%。これよりも少ないとはいえ、該当する高齢者世帯は、医療も介護もすでに3割が当たり前となっているのが現状だ。当然のことながら介護保険に関しても、2割または3割負担の対象を拡大する議論は行われている。
報道によると、厚生労働省は対象者拡大について、介護サービスの利用控えにつながる恐れがあるとして、今のところは見送る方向で調整中のようだ。だが、自己負担の上限額(月4万4400円)を年収に応じて引き上げる案やケアプランの有料化など、このほかにも検討されている負担増の改正案は多々ある。いずれ、世代を問わず、介護も医療も自己負担は「3割」となるかもしれない。
負担増の傾向は変わらず、スピードは加速する
さて、長々と医療保険と介護保険の概要や改正をご紹介してきたが、ここで注目していただきたいのは、改正の頻度やスパンの短さである。現在の日本の医療保険システムから考えて、国民の社会保障の負担は増えることは確実で、その点については多くの人が理解されていることと思う(頭でわかっていても、納得できるかはまた別問題だが)。
しかし、本当に恐ろしいのは、改正の頻度が増え、そのスピードが加速していることである。ちなみに、医療保険について、今回、改革案に盛り込まれた内容は、75歳以上の後期高齢者の自己負担割合の引き上げだが、2017年8月・2018年8月には、2段階で70歳以上の高額療養費制度の改正が行われている。詳しくは、本連載の「高齢者の医療費自己負担がこっそり上昇…突然、月4万から17万円に増の例も」(2019年9月23日付)をご参考いただきたい。
高額療養費制度については、それ以前の2015年1月、70歳未満の改正も実施されており、所得区分が3区分から5区分に細分化。高所得世帯の負担が大きく引き上げられている。介護保険においても、介護保険料の負担開始年齢を現行の40歳から、それ以下の若年層に引き下げる案も以前から浮上している。時期尚早といわれてはいるものの、いずれ具体化する可能性はゼロではない。
医療・介護の負担増に備えて、これからすべき3つの対策
今は、まさに“ゆで蛙”状態。気づかないうちにじわじわと負担増が拡大するこれらの状況を踏まえ、私たちはどうすべきか? 対応策を3つ提案したい。
第一に、本気で「予防」に取り組むことである。病気や要介護状態にならないよう、生活習慣に留意し、規則正しい生活を心掛ける。かかりつけ医やかかりつけ薬局を持ち、自分のカラダの不調に耳を傾ける。定期的に適切な検診を受けるなど、できることは山ほどある。“本気で”としているのは、ほとんどの人が、重要性を実感していないからだ。実行しなければ、自分たちの家計が苦しくなるというリアルな現実をもっと知るべきである。
万が一に備えて民間保険にたくさん加入して多額の保険料を支払い、不健康な生活を送るよりは、保険料の半分でも健康維持に費やしたほうが合理的だろう。
第二に、病気や要介護状態になった場合に使える社会的資源や人的資源を洗い出してみることである。どんなに健康に留意していても、病気になるときはなる。その際に備えて、どのような公的制度が利用できるのか、預貯金や民間保険でどれくらいカバーできるのか把握しておくことが大切だ。
ただし、一般的に社会保障制度や資産運用などに関するリテラシーは高いとはいえない。病気になってから「まったく知らなかった。もっと早く気づいていれば」というケースがほとんどである。とにかく、最新の情報を握る相談窓口を知っておくだけでも良い。
第三に、医療や介護に対する自分や家族の優先順位をイメージしておくことである。最近、花粉症や湿布、漢方薬など軽症者向けの医薬品を医療保険の対象外とする議論が出ている。今後、医療保険でカバーできるのは、本当に必要最低限の部分のみ。影響が小さければ対象外となるかもしれない。花粉症に悩む人にとっては大問題だが、そこは諦めてもらうしかない、となるわけだ。
そこで、もしこのような制度に移行した場合、自分や家族が、どのような医療・介護をどこまで受けたいか優先順位を考えておいたほうが良い。そして、ある程度の自己負担が増えても、手厚い医療・介護を受けたいのであれば、自助努力として、ちゃんと備えておくべきなのだ。
おそらくこれからの医療・介護は、何を優先し、何を諦めるかを考えねばならない時代になる。しかも、改正のスピードが加速していることを考えると、これらの対策は待ったなしの急務となる可能性が高い。