【検証】東京五輪パラ、コロナ感染者174人発生の原因…無症状感染者のリスク、改めて浮き彫り
9月5日、東京パラリンピックが閉幕した。7月23日に東京五輪が開幕してから45日間のすべての日程を終了した。東京五輪・パラリンピックは、世界的パンデミックの真っ最中に、国際的な大イベントを行う人類史上初めての試みだ。果たして、安全に実施できただろうか。
東京五輪については、すでに感染者数や、その詳細が開示されている。本稿は、そのような公開情報をもとに、東京五輪開催の安全性を検証したものだ。中心となって分析したのは、医療ガバナンス研究所でインターンを経験した、国際医療福祉大4年生の八塩知樹君だ。本稿は八塩君との共著だ。
参加者数と感染対策
東京オリンピックは7月23日から8月8日までの17日間行われ、選手1万1,656人、関係者約4万3,000人(海外関係者、国内関係者の人数は不明)が参加した。関係者とは、競技関係者、メディア、事務局職員、契約社員、ボランティアのことを指す。このうち、海外からの関係者は競技関係者とメディア関係者が大部分だ。
コロナに限らず、感染対策の基本は検査、隔離、ワクチンだ。選手と関係者の対応は異なるが、選手に関しては、おそらく人類の歴史で経験がないレベルでの徹底的な管理を実施した。
まずはワクチンだ。7月14日のバッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長の発言によると、選手及び関係者のいずれも接種率は85%だ。今春、米大リーグの大谷翔平選手が、コロナワクチン接種後に調子を落としたり、ワクチン接種後に心筋炎・心膜炎の副反応が発生することが報告されて以降、私の周囲には「五輪が終わるまでワクチンは打たない」という五輪参加選手がいたが、全体としての接種率は高かったようだ。
検査については、選手と関係者の対応は異なる。選手は毎日の検査が義務づけられていたが、関係者は、そこまでではない。詳細は不明だが、毎日、4日に1回、あるいは7日に1回である。7月1日から8月11日までに、合計67万件の検査が実施されており、一人当たり12.4回だ。かなりの検査回数といっていい。
問題は、PCR検査でなく、抗原検査を用いていたことだ。今年6月、米プロフットボールリーグ(NFL)に所属する医師たちが、昨年8~11月までに実施した約63万回の検査結果をまとめ、抗原検査は、無症状感染や感染早期などの42%の陽性者を見落としていたと「米内科学会誌」に発表している。
隔離については、「バブル方式」を採用した。この方式では、選手や関係者の行動を競技会場、練習場、選手村・ホテルなど最小限に制限し、移動は専用車両を用いる。違反した場合には、制裁金や出場停止などの処分を課す。
感染者との接触を断つことを、「バブル」になぞらえているのだが、五輪開幕前から感染者が出て、「『バブル』の防御、限界」(毎日新聞7月23日)などの批判を浴びた。これに対し、東京五輪組織委員会は「15分ルール」を撤回することで対応した。
「15分ルール」とは、『アスリート・チーム役員公式プレイブック』で認められている、15分以内の単独での外出のことだ。東京五輪では、選手やスタッフの外出には、監視スタッフの同行が義務付けられているが、15分以内は例外的に認められていた。組織委員会は、このような規制緩和が「バブル」を崩壊させると考えたのだろう。
感染者数
では、実際の感染者数はどうだろうか。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会およびIOCが情報を開示している。このような情報によれば、選手の感染者数は28人、海外からの関係者の感染者数は146人だ。陽性率はそれぞれ0.24%と0.33%となる。
ちなみに、この期間の東京都内の感染率は0.77%だ。検査を抑制し、多くの無症状感染者を見過ごしているため、都内の感染率は過小評価されているのだが、選手・関係者の感染率は、それよりも大幅に低い。感染対策を強化することで、コロナの拡大が抑制されていることがわかる。
注目すべきは、選手と関係者の感染率の差だ。選手の感染率は関係者の約7割にすぎない。両者のワクチン接種率に大きな差はないから、これこそが検査と隔離の差によるものだ。検査や隔離を徹底することで、感染はある程度まで予防できる。ただ、東京五輪で用いられた方法は完全ではない。
クラスターの抑制
今回の調査で特記すべきは、クラスターの発生が少なかったことだ。選手間では、ギリシャのアーティスティックスイミングチームの5人のクラスターがあっただけだ。残る23例は弧発例である。これは、同一チーム内での感染拡大の抑制に成功したことを意味する。
また、感染は特定の日に集中せず、大会期間中に満遍なく発生していた。これは同一チーム内だけでなく、選手村で共に生活した異なる国やチーム間で感染が拡大しなかったことを意味する。
夏の高校野球では東北学院や宮崎商業が集団感染で試合を棄権したし、大相撲秋場所では宮城野部屋で2人の力士の感染が確認され、横綱白鵬を含む全員が休場となった。東京五輪の規模は高校野球や大相撲とは桁が違う。このなかで、クラスターが1件しかなかったことは高く評価されるべきである。
孤発例はどうやって感染したのか
では、まったく問題がなかったかといえば、そんなことはない。問題は、23例の弧発例の感染経路だ。このことを明らかにするには、感染者から得られたウイルスをシークエンスし、感染者のゲノム配列を比較しなければならないが、この分析を担当する国立感染症研究所は情報を開示していない。また、選手村では下水に含まれるコロナウイルスも分析しており、この面からも感染者を同定しようとしているが、こちらも調査結果は未公表だ。
さらに、日本入国から診断までの日数は公開されていないので、選手・関係者は出国時にPCR検査で陰性を確認したとしても、母国で感染し、検疫をすり抜けた人がいることは否定できない。
ただ、現時点で公表されている情報からも、いくつかのことは言えそうだ。23人の孤発例のうち、17人の詳細が公開されているが、16人が競技前または競技の日程中に陽性と診断されていた。このことは、彼らが選手村で感染した可能性が高いことを示唆する。前述したようにメディアは、選手や関係者が街中を出歩き、外部から感染を持ち込んだと指摘していたが、競技前に出歩くことは考えにくいためだ。
では、どうやって感染したのだろう。私は、コロナに感染した無症状の大会関係者(主に日本人)が、外部から選手村に持ち込み、それが空気感染した可能性が高いと考えている。
東京五輪での感染の主体はデルタ株だ。デルタ株はワクチン接種者も感染し、さらに周囲にうつす。また、感染力が強く、水疱瘡と同じくらいという報告もある。感染経路の中心は、飛沫感染ではなく、エアロゾルによる空気感染であるため、バブル方式による隔離には限界がある。
東京五輪で採用された抗原検査は、無症状感染者の約半分を見落とすことが知られている。選手村に出入りする関係者の中には、一定数の無症状感染者がいたはずだ。換気が不十分なら、選手村に入った関係者が排出したコロナを含むエアロゾルを、あとで選手が吸い込む可能性がある。
あまり議論されることはないが、日本の建築物は換気に問題がある。真夏の日本では冷房が欠かせないからなおさらだ。多くの建築物では、省エネのために、排気の7割を、3割の新たな外気と混合して循環させる空調設備を運用している。2003年7月に改正された建築基準法では、新築建築物には24時間換気システムの設置が義務化され、1時間で空気の半分以上を入れ換えることが求められているが、これでも欧米と比較して換気の基準は緩い。例えば、米国では1時間に12回室内の空気を入れ換えることが求められている。
筆者は選手村の換気対策の詳細を知らないが、通常の国内基準で建築されていたのであれば、空気感染のリスクは高いと考えていいだろう。これだけ、徹底的に感染対策を施しても、孤発感染例が出たことは納得がいく。
日本での換気対策は、まだ議論が始まったところだ。十分なデータが存在する東京五輪選手村の経験を用いて、研究を進めてほしいものだ。
総括
東京五輪で選手村の感染者が少なかったことは、ワクチン・検査・バブル方式の隔離が有効だったことを示唆する。しかしながら、19人(0.16%)が棄権を余儀なくされたことは重く受けとめ、感染対策の見直しが必要である。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)