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舘内端「クルマの危機と未来」

世界の自動車メーカー、EV用電池工場へ巨額投資競争…取り残された日本の自動車産業の危機

文=舘内端/自動車評論家
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「Getty images」より

まずは電池に投資

 ホンダはF1から撤退し、EV(電気自動車)専業メーカーとして邁進する。2040年には世界で販売する新車をすべてEVあるいはFCEV(燃料電池車)にすることを4月に発表した。その計画に伴いHEV(ハイブリッド車)の生産を中止する。エンジン車の生産は40年でゼロである。

 EV専業宣言は、日系自動車メーカーでは初めてだが、ホンダに先駆けてGMは、35年に中大型車、トラックを除いてエンジン車を全廃すると発表した。またメルセデス・ベンツ(独ダイムラー)はホンダ、GMに追随するように7月にEV専業化を発表している。

 しかし、EV専業になるにしても、エンジン車と共販するにしても、自動車メーカーは大量の電池を用意する必要がある。電池量産=工場建設の準備なくしてEV化は不可能だ。

工場に隣接した電池工場が必要

 EV用電池は、ほとんどがコバルト、マンガン、ニッケルを含む三元系と呼ばれるリチウムイオンである。厳重な品質管理のもとに生産されているが、運搬にあたっては安全管理の規制が厳しい。とくに飛行機、船舶での輸送にあたっては厳重な梱包と安全管理が求められ、当然輸送費もかかる。

 そこで陸送ということになるが、電池は重く、輸送費はそれだけ高い。EV生産工場と陸続きの場所に、しかもなるべく隣接して電池工場を建てる必要がある。海外で生産した電池を輸入する、あるいは輸出するのではまったく採算が取れない。

 つまりEVの生産は電池の生産と一体なのであり、自動車メーカーのEV生産の本気度は、電池工場の建設計画と投入資本の金額で判断することができるといえる。国内では日産が茨城県に工場を建設するという以外、近々の電池工場建設の槌音が聞こえない日本は、やはりEVラストランナーのようだ。

欧州では電池工場が建設ラッシュ

 電池メーカーも事情は同じである。受注を受ける自動車メーカーの工場に隣接して、新たに電池工場を建てる必要がある。自動車メーカーが海外で現地生産する場合は、電池メーカーも海外に工場を建設する必要がある。

 自動車メーカーが自前で電池を生産する場合でも、EVの組み立て工場に隣接させたい。新しいEV工場を建設する場合は、電池工場の敷地も確保する必要がある。米国も30年には販売台数の半分をEVにする計画である。欧州は35年に新車のエンジン車の販売を禁止する。中国は同じ35年に新車の半分をEVにする。ラストランナーの日本にはこうした大胆なEV計画はなく、自動車産業の将来を危ぶむ人も多い。

 こうした世界のEVシフトに呼応する形で電池工場の建設計画が発表されている。たとえばEV専業化を発表したメルセデス・ベンツは、5兆2000億円を投じて世界に8つの電池工場を新設する。大金を投じてメルセデス・ベンツはEV専業にシフトするわけだが、トヨタの1.5兆円に比べると巨額である。

 同じドイツのVWは欧州で6カ所の電池工場を30年までに建設、生産を開始する。またスポーツメーカーのポルシェも専用の電池工場を南ドイツに建設するという。スウェーデンのボルボは、スタートアップの電池メーカーであるノースボルトと合弁、自社のEV用の電池の供給を受ける。また、VWもノースボルトに出資し、電池の供給を受ける。欧州は欧州で、EVも電池も生産するというわけだ。

電池メーカーも海外に進出

 自動車メーカーの海外進出に伴い部品メーカーも海外に工場を建設するのは、もはや常識だ。ただし、これは日本の自動車産業の場合であって、欧州と米国の自動車メーカーには、そうした戦略はほとんどなかった。

 様子が変わったのは、中国のモータリゼーションが始まってからである。自国の自動車産業を育成したい中国は、完成車の輸入を制限し自国メーカーとの合弁の上、自国での生産を奨励した。古くから中国で自動車を販売し、圧倒的なシェアを持っていたVWをはじめドイツ勢は、競って中国に工場を建設した。EVも同様であり、中国でEVを販売するには中国で生産し、中国の電池メーカーの電池を使うことになる。

 中国には2大電池メーカーがある。寧徳時代新能源科技(CATL)と比亜迪(BYD)である。いずれもリン酸鉄リチウムイオン電池を生産する。高価なコバルトを使わないので価格が安く、熱的に安定しているので、世界的に注目を集める電池である。

 テスラがCATLのこの電池を使ってモデル3の販売価格を大幅に低下し、販売台数を伸ばしているのは最近の大きなニュースとなった。そのCATLは旧東ドイツに電池工場を建設し、22年から稼働する。つまり、EVの世界的な普及に伴って中国の電池メーカーは海外進出を始めたということである。

 EV用電池のメーカーはアジアに集中している。日本のパナソニックは、テスラの主たる電池供給元だ。また韓国にもすぐれたリチウムイオン電池のメーカーがあり、欧州の自動車メーカーに供給している。その一社であるSKイノベーションはハンガリーに、LG化学はポーランドに、サムスンSDIはブダペストに工場を建設し、稼働させている。

EV電池生産は巨大産業

 電池の組み立て工場を建設しても、電池の材料の供給も確保しなければならない。正極材、負極材、セパレーターといった基本材料のほかに、BMS(バッテリー・マネージメント・システム)と呼ばれる電池の管理システム、電池の発熱に対処する冷却システム、逆に寒冷地用の保温システム等、電池といっても組み立て車載するには多様なパーツが必要であり、それらの部品の供給システムの整備も必要だ。

 ドイツ政府は、電池材料の生産も含めて電池の市場規模は近々に32兆円になると試算している。そこでEV生産のための事業者におよそ4000億円を助成する。その結果、国内で1兆7000億円に及ぶ投資と、数千人規模の雇用が生まれるという。EVはエンジン車同様、巨大な産業を生む原動力なのである。

(文=舘内端/自動車評論家)

舘内端/自動車評論家

舘内端/自動車評論家

1947年、群馬県に生まれ、日本大学理工学部卒業。東大宇宙航空研究所勤務の後、レーシングカーの設計に携わる。
現在は、テクノロジーと文化の両面から車を論じることができる自動車評論家として活躍。「ビジネスジャーナル(web)」等、連載多数。
94年に市民団体の日本EVクラブを設立。エコカーの普及を図る。その活動に対して、98年に環境大臣から表彰を受ける。
2009年にミラEV(日本EVクラブ製作)で東京〜大阪555.6kmを途中無充電で走行。電気自動車1充電航続距離世界最長記録を達成した(ギネス世界記録認定)。
10年5月、ミラEVにて1充電航続距離1003.184kmを走行(テストコース)、世界記録を更新した(ギネス世界記録認定)。
EVに25年関わった経験を持つ唯一人の自動車評論家。著書は、「トヨタの危機」宝島社、「すべての自動車人へ」双葉社、「800馬力のエコロジー」ソニー・マガジンズ など。
23年度から山形の「電動モビリティシステム専門職大学」(新設予定)の准教授として就任予定。
日本EVクラブ

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