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永濱利廣「“バイアスを排除した”経済の見方」

エンゲル係数が高止まり、低所得者層が増加…賃金低下+悪い物価上昇、家計貧しく

文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
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「Getty Images」より

エンゲル係数で示される生活水準の低下

 経済的なゆとりを示す「エンゲル係数」が、我が国ではコロナショック以降高水準にある。特に今年5月以降は二人以上世帯で27%を超えており、無職世帯に限れば30%を超えている。この背景には、家計全体の支出減や食料品価格の上昇がある。

 エンゲル係数は家計の消費支出に占める食料費の割合である。食料費は生活する上で最も必需な品目のため、一般に数値が下がると生活水準が上がり、逆に数値が上がると生活水準が下がる目安とされている。

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背景にはコロナショックの後遺症

 最近の我が国のエンゲル係数上昇は、食料品価格の上昇と支出全体の減少が要因となっているが、その背景には、いずれもコロナショックが関係している。つまり、コロナショック以降の海外の需要急増等に伴う化石燃料や農産物等の資源高が食料品やエネルギーの価格を押し上げる一方で、国内では9月まで行動制限が敷かれていたことでサービス消費の機会が奪われてきたことがある。

 また、昨年度の企業業績の悪化も、タイムラグを伴って今年度の賃金低下をもたらしている。そして、行動制限緩和以降も新型コロナ感染に対する恐怖心に伴いサービス支出の機会が奪われることで家計の節約が続く一方で、世界の需要拡大やコロナに伴う供給制約等で食料品の価格が上昇基調にある。そして、こうした海外に所得が流出する中での生活必需品価格の上昇は、生活水準の低下に拍車をかけている。

節約と食料品価格の上昇が係数押上げ

 2021年9月のエンゲル係数は前年比で▲0.2ポイント低下を記録している。しかし、食料品の値上げが相次いでいる一方で食料品の消費量は減っているように見える。そこで、エンゲル係数の上昇率を食料品の消費量、すなわち実質食料支出と相対価格および全体の消費性向と実質実収入・非消費支出に分けて要因分解してみた。

 すると、食料品の消費量減が▲1.2 ポイントもの押し下げに働く一方で、食料品の相対価格上昇と消費性向すなわち消費量全体の減がそれぞれ+0.3、+1.3ポイントの押し上げ要因になっていることがわかる。

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 消費量減の背景には、緊急事態宣言発出に伴う外食量減と、食料品価格上昇に伴う購入減が考えられる。一方、消費性向すなわち可処分所得に対する消費の割合が下がった背景には、やはり緊急事態宣下発出に伴う移動や接触を伴う支出が減ったことが推察される。つまり、家計の節約と食料品価格の上昇が、このところのエンゲル係数押し上げの実体である。

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食料品価格の上昇は「悪い物価上昇」

 こうした食料やエネルギーといった、国内で十分供給できない輸入品の価格上昇で説明できる物価上昇は、「悪い物価上昇」といえる。そもそも、物価上昇には「良い物価上昇」と「悪い物価上昇」がある。「良い物価上昇」とは、国内需要の拡大によって物価が上昇し、これが企業収益の増加を通じて賃金の上昇をもたらし、さらに国内需要が拡大するという好循環を生み出す。

 しかし、現在の物価上昇は輸入原材料価格の高騰を原因とした食料・エネルギーの値上げによりもたらされている。そして、国内需要の拡大を伴わない物価上昇により、家計は節約を通じて国内需要を一段と委縮させている。その結果、企業の売り上げが減少して景気を悪化させていることからすれば、「悪い物価上昇」以外の何物でもない。

 このように、食料やエネルギーの価格が上昇している背景としては、(1)海外での需要増加等により輸入品の価格が上昇している、(2)世界的な脱炭素化の流れにより化石燃料の採掘関連に投資資金が流れ込みにくくなっている、(3)異常気象により農作物の収穫量が減少している―こと等がある。

 特に、世界的なコロナショックによる世界経済の低迷後、世界の経済成長は回復しつつあるが、主要先進国の金融政策が出口に向かう中でも海外経済は今後とも高い経済成長を遂げると見込まれる。こうなれば、世界の食料・エネルギー需給は、中長期的には人口の増加や所得水準の向上等に伴う需要の拡大に加え、脱炭素化や都市化による農地減少等も要因となり、今後とも需要が供給を上回る状態が継続する可能性が高い。つまり、食料・エネルギー価格は持続的に上昇基調をたどると見ておいたほうがいい。

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生活格差をもたらす食料品価格の上昇

 ここで重要なのは、食料・エネルギー価格の上昇が、生活格差の拡大をもたらすことである。食料・エネルギーといえば、低所得であるほど消費支出に占める比重が高く、高所得であるほど比重が低くなる傾向があるためだ。

 事実、総務省「家計調査」によれば、可処分所得に占める食料・エネルギーの割合は、年収最上位20%の世帯が16.8%程度なのに対して、年収最下位20%の世帯では28.2%程度である。従って、全体の物価が下がる中で食料・エネルギーの価格が上昇すると、特に低所得者層を中心に購入価格上昇を通じて負担感が高まり、購買力を抑えることになる。そして、低所得者層の実質購買力が一段と低下し、富裕層との間の実質所得格差は一段と拡大する。

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 さらに深刻なのは、我が国の低所得者層が増加傾向を示している一方で、高所得者層が減少傾向を示していることがある。事実、総務省の家計調査年報で年収階層別の世帯構成比を見ると、年収が最も低い 200 万円未満に属する世帯の割合は2000年の2.4%から2020年には3.1%に拡大している一方で、年収が最も高い1500万円以上に属する世帯の割合は2000年の4.8%から2020年には3.1%まで縮小している。

 こうした所得構造の変化は、我が国経済がマクロ安定化政策を誤ったことにより企業や家計がお金をため込む一方で、政府が財政規律を意識して支出が抑制傾向となり、結果として過剰貯蓄を通じて日本国民の購買力が損なわれていることを表しているといえよう。そして、我が国では高所得者層の減少と低所得者層の増加を招き、結果として家計全体が貧しくなってきたといえる。

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日銀のインフレ目標達成判断に重要な「食料・エネルギー除く総合」

 これに対し、日銀はインフレ目標2%を掲げている。しかし、輸入食料品価格の上昇により消費者物価の前年比が+2%に到達しても、それは安定した上昇とは言えず、「良い物価上昇」の好循環は描けない。

 つまり、本当の意味でのデフレ脱却には、消費段階での物価上昇だけでなく、国内で生み出された付加価値価格の上昇や国内需要不足の解消、単位あたりの労働コストの上昇が必要となる。

 そしてそうなるには、賃金の上昇により国内需要が強まる「良い物価上昇」がもたらされることが不可欠といえよう。従って、日銀のインフレ目標は、米国のように「食料・エネルギー除く総合、すなわちコアコアCPI」のインフレ率も重視すべきだろう。

(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

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永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
第一生命経済研究所の公式サイトより

Twitter:@zubizac

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