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永濱利廣「“バイアスを排除した”経済の見方」

スクリューフレーション深刻…低所得者層の実質購買力低下で家計苦しく、富裕層と格差拡大

文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
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「Getty Images」より

実感なき低インフレ

 近年の日本経済は、中産階級の貧困化(Screwing)とインフレが重なったスクリューフレーション(Screwflation)の脅威に晒されている。実質GDPによれば、日本経済の規模は過去27年間で90兆円程度拡大しており、企業収益も最高益を記録している。しかし一方で、実質雇用者報酬の水準を見ると45兆円程度しか増加しておらず、食品・エネルギー価格の高騰が中間層の所得を蝕んでいる。

 世界経済の一体化とグローバル化、技術革新、非正規雇用の普及という3つの大きなトレンドがスクリューフレーションの原因とされており、失われた20 年を経て中間層が貧困化した日本でも、特にコロナショック以降にスクリューフレーションが深刻化しつつあると考えられる。

 そこで本稿では、所得階層別の消費者物価(Consumer Price Index、以下CPI)や費目別CPIの動向、所得階層別の消費構造から日本のスクリューフレーションの状況について分析してみたい。

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原因は消費の4割以上を占める生活必需品の価格上昇

 まず、日本の物価動向を見てみよう。前年比+0.20%となった2021年6月のCPIを10 大費目別に寄与度分解すると、押し下げ要因となっているのは、携帯電話料金と薬価引き下げが影響した「通信」と「保健医療」の2項目となっている。

 一方、火災・地震保険料の値上げ等により「住居」の価格が大きく上昇し、CPI全体の押し上げ要因となっているのが特徴である。しかし、灯油などの「光熱・水道」、ガソリンなどの「交通」といった生活必需品の価格上昇は、消費者物価全体の低迷の中に埋没しがちであるが、日銀「生活意識に対するアンケート調査」では、現在の物価に対する実感が大幅に上方シフトすることに結びついていることがわかる。

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 そこで、CPIを生活必需品(食料、持家の帰属家賃を除く家賃、光熱水道、被服履物、交通、保健医療)と贅沢品(生活必需品以外)に分類し、その動向を比較してみると、2014 年度以降、贅沢品の価格が横ばいで推移する一方で、生活必需品の価格は明らかに上昇基調にあることがわかる。

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 このように、日本でも生活必需品の価格が上昇してきた背景としては、(1)新興国での人口増加や所得水準の向上などに伴う需要増加等により輸入品の価格が上昇、(2)先進国の量的緩和や新興国の外貨準備を起点とした投機マネーが商品市場等に流入、(3)異常気象や新興国の都市化による農地減少などにより農作物の収穫量が減少してきたこと等がある。

 ここで重要なのは、生活必需品と贅沢品での物価の二極化が、生活格差の拡大をもたらすことである。生活必需品といえば、低所得であるほど消費支出に占める比重が高く、高所得であるほど比重が低くなる傾向があるためだ。事実、総務省「家計調査」によれば、消費支出に占める生活必需品の割合は、年収 1500 万円以上の世帯が 46%程度なのに対して、年収 200 万円未満の世帯では 58%程度である。

 従って、全体の物価が下がる中で生活必需品の価格が上昇すると、特に低所得者層を中心に購入価格上昇を通じて負担感が高まり、購買力を抑えることになる。そして、低所得者層の実質購買力が一段と低下し、富裕層との間の実質所得格差は一段と拡大する。

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より実感に近いのは年収階層別の消費者物価

 以上より、消費者物価の実感は、消費全体で測る場合と、所得階層別の消費行動で分けて測る場合で結果も変わってくる可能性が高い。

 総務省で作成している消費者物価指数は、消費者全体の消費構造に着目し、品目毎の価格動向を統合することによって計測される。つまり、家計調査によって得られた基準年における月平均の世帯当たり品目別消費支出金額のウェイトを用いて作成することによって、一国全体の物価動向を判断している。

 しかし、実際に消費者が実感する物価は、消費者それぞれが購入する財やサービスの構成比によって異なる。従って、少なくとも所得階層別における消費の構成比の違いに着目し、それぞれの消費者物価を見れば、より人々の実感に近い消費者物価指数になる。特に、同じ所得階層の中での消費構造に大差がないと仮定すれば、所得階層別の消費者物価は、所得階層別の消費構造から計測されるウェイトに依存する。つまり、価格が上昇している財やサービスを多く購入している階層の消費者であれば、全体の消費者物価が下落していてもその人にとっての消費者物価は上昇しているかもしれない。

 このように、消費構造の違いをもとに所得階層別の消費者物価を見ることは意味があるといえる。

 そこで、実際に所得階層別の消費構造に着目したCPIを確認してみた。下のグラフは、高所得者層の消費者物価として年収階層上位 20%世帯のCPIと、低所得者層の消費者物価として年収階層下位 20%世帯のCPIを時系列で比較したものである。現局面のCPIを両極端な2つの階層で比較すると、低所得者層のCPIは2000年代後半以降高所得者CPIより高水準にあり、特に贅沢品の値段が下がった2010年代前半に乖離が最も拡大していることが分かる。

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 以上より、生活必需品の価格が相対的に上昇局面にある場合は、消費者全体のCPIの動きのみで物価を判断すると、低所得者層の消費者が感じるインフレ率を過小評価してしまうことになるといえよう。この結果は、コロナショック以降の我が国でもスクリューフレーションが深刻化しつつあることを示している。

(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
第一生命経済研究所の公式サイトより

Twitter:@zubizac

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