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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

ロシアのウクライナ侵攻後、日本が巻き込まれる世界経済の大変化…迫られる重大な決断

文=加谷珪一/経済評論家
ロシアのウクライナ侵攻後、日本が巻き込まれる世界経済の大変化…迫られる重大な決断の画像1
ウクライナの首都キエフ(「gettyimages」より)

 ウクライナ侵攻をめぐって、ロシアと欧米各国のギリギリの駆け引きが続いている。この原稿を書いている時点では、侵攻は行われていないが、侵攻の有無にかかわらず、今回の出来事は世界経済の枠組みを変化させる転換点となる可能性が高い。その理由は、ウクライナ問題の背景には、再生可能エネルギーへのシフトと中国の台頭という大きな流れが存在しているからである。

ロシアはもはや小国にすぎないという現実

 ロシアがウクライナ侵攻を企てる理由は主に2つある。1つは政治的なものでウクライナの欧州化を阻止すること、もう1つは経済的もので、再生可能エネルギーシフトによる打撃を最小限にすることである。

 旧ソ連時代のロシアはそれなりの経済規模の国であり、部分的には米国と対峙するだけウクライナの国力があった。だが旧ソ連崩壊後は経済の貧困化が進んでおり、GDP(国内総生産)は米国の14分の1、中国の10分の1しかない。1人あたりのGDPでもすでに中国に抜かされており、言い方は良くないが、ロシアという国はもはや貧しい小国に過ぎない。

 ロシアは強大な軍事力を持っているように思われているが、これも旧ソ連時代のイメージで過大評価されている部分が大きい。国家が軍事費にいくら費やせるのかは、基本的にGDPの規模に比例する。ロシアは中国や米国と比較して経済規模に対する軍資支出の割合が高い国として知られる。だがGDPの絶対値が小さいため、ロシアの軍事費は中国の4分の1、米国の12分の1しかなく、日本の防衛費と大差ない水準だ。同国は国民生活を犠牲にして軍事費を確保しており、実施できる軍事オペレーションには限りがある。

 経済的に苦しい状況にあるロシアにとって最大の武器は豊富な地下資源だった。ロシアは原油生産において米国、サウジアラビアに次いで世界3位、天然ガスについては2位の産出量を誇る。ロシアの国家歳入の半分はエネルギー関連であり、経常収支もエネルギー輸出によって赤字を回避する構図となっている。欧州各国はロシアが提供する天然ガスに依存しており、ロシアの天然ガスは政治的に大きなパワーを発揮している。ロシアが脆弱な国家でありながらも、何とか国際的地位を確保できているのは石油と天然ガスのおかげといってよい。

 ところが近年、ロシアのファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に大きな変化が生じてきた。それは全世界的な再生可能エネルギーへのシフトである。

 ここ10年の間に、再生可能エネルギーに関する技術は驚異的に進化しており、エネルギーの大半を太陽光や風力によって賄うという、一昔前であれば夢物語だった話が、現実的な段階に入ってきた。石油というのは米国の世界戦略の要となってきた資源であり、近年は影響力が低下しているとはいえ、石油の流通は基本的に米国が牛耳っている。しかも石油に関する取引は基本的にドル決裁であり、米国の金融覇権とセットになっている。

 欧州各国は、石油については米国依存、天然ガスについてはロシア依存という状況であり、安全保障上、これが最大の懸念材料となってきた。再生可能エネルギーにシフトすれば、エネルギーの大半を外国に頼らずに確保できる(もっとハッキリいえば、超大国である米国と地政学的リスクの高いロシアから欧州を切り離すことができる)。米国と覇権を争ってきた欧州各国の政治指導者がこうしたチャンスを見逃すはずがなく、欧州はリスクを承知で再生可能エネルギーへのシフトを進めている状況だ。

政治的な狙いと経済的な狙い

 この流れはロシア側から見ると、危機的な事態と言える。もはや小国となったロシアにとって、エネルギーは唯一残された武器であり、再生可能エネルギーへのシフトによって石油や天然ガスの需要が減ってしまうと、ロシアは欧州に対する最後の切り札を失ってしまう。

 この問題は中東の産油国にとっても同じことが言えるかもしれないが、ロシアのほうがより事態は深刻である。中東地域は世界でも屈指の日射量があり、太陽光発電所を整備し、そこから得られる豊富な電力を利用して水素を製造・輸出するという選択肢が残されている(カタールなどはすでにそうした戦略に舵を切っている)。だが、天候が悪いロシアにその選択肢はない。

 プーチン大統領は、冷徹で有能な権力者であり、ロシアが極めて厳しい状況にあるという現実を誰よりも理解している。エネルギーという交渉材料を失う前に、欧州とロシアの政治的な関係を再定義し、かつ経済的にもそれなりの道筋を付けることがプーチン氏にとって、最大の責務ということになるだろう。

 今後、ロシアの覇権がさらに低下するという現実を考えた場合、ウクライナが欧州化することだけは絶対に避けたい。ウクライナが欧州化すると、民主化とグローバル経済化の流れがロシアにも押し寄せ、独裁権力の維持がままならなくなる。

 欧州とロシアとの間では、ウクライナの中立化というプランが水面下の交渉で検討されているという報道もあるが、ウクライナ侵攻という強引な手段を用いなければ、こうした交渉のテーブルに欧州を引っ張り出すことは不可能である。ロシアには危険なゲームを仕掛けるインセンティブが存在しており、何らかの形でウクライナの欧州化を阻止する政治的枠組みの構築がロシア側の最終的な狙いと考えられる。

 ウクライナの中立化とパッケージ・ディールになると考えられているのが天然ガスの供給契約である。

 再生可能エネルギーへのシフトが進んだ場合、石油や天然ガスの需要は減ってしまう。しかし、現時点においてエネルギーシフトはまだ移行途上であり、欧州はむしろ大量の天然ガスを必要としている。加えて言うと、ある一定水準までエネルギーシフトが進んだとしても、天候不順といった不測の事態に備えて、一定量の天然ガスは確保しておく必要がある。

 仮にロシアが欧州に対し、一定価格で天然ガスを長期供給する契約を結べれば、欧州にとってもロシアにとってもメリットになる。特にロシアにとってはエネルギー輸出が激減し、国家財政が一気に悪化するという最悪の事態を回避できる。

ロシアにとって最大の脅威は米国の経済制裁

 ロシアは政治的にはウクライナの欧州化阻止、経済的には天然ガス供給の長期契約化を狙っていると考えられるが、もうひとつ、乗り越えなければならないカベがある。それは米国による金融制裁の回避である。米国はロシアがウクライナに侵攻した場合、経済制裁を加えると通告している。

 現時点においてドルは基軸通貨であり、ロシアや中国など米国と利害が対立する国であっても、貿易の決済や通貨の両替には原則としてドルを使わざるを得ない(例えばルーブルと日本円の為替取引でも、間にドルが入る)。ドルのやり取りには最終的には必ず米銀が絡むので、米国政府がその気になれば、銀行に指示することで各国の貿易を停止に追い込める。

 ロシアに限らず、各国は米国に首根っこを押さえられた状況であり、米国が制裁を発動すれば、経済は大打撃を受けてしまう。ロシアはこうした状況から脱却するため、ドル経済圏からの離脱を進めてきたが、貿易には相手が存在しているので、自国だけでどうにかなるものではない。

 ここで重要な役割を果たすのが中国の存在である。中国も欧州と同様、米国の影響から離脱するため、再生可能エネルギーへのシフトを進めているが、欧州と同様、現時点では大量の天然ガスを必要としている。ロシアは近年、中国に対する天然ガスの供給を急ピッチで増やしており、工業製品など、エネルギー以外の品目についても中国との貿易を拡大している。

 中露にとってドル経済圏からの離脱は共通の利益であり、両国は貿易決済の非ドル化を着々と進めている。もっとも現時点における人民元とルーブルの地位は低く、ドルの代わりに用いる通貨はユーロが多い。だが将来、ロシアと中国の貿易がさらに拡大し、その決済を人民元やルーブルで行うことができれば、ドルを介さずにモノとカネを移動させる道筋が見えてくる。

ウクライナ問題を解くにあたって必要となる中国という補助線

 以上を総合すると、国際社会が米欧中というブロック体制にシフトする中、ウクライナ問題が重要な1ピースになっていることが分かる。もし、欧州とロシアとの間でウクライナをめぐる何らかの合意が行われ、かつ天然ガスの供給についても一定の契約が成立した場合、欧州とロシアの関係は再定義されることになる。

 欧州は人権問題なども含め、各国に対して同一の価値観を強く求めてきたが、ロシアとは一定の距離を保ち、互いに干渉しないという暗黙の了解が成立するかもしれない。当然、この枠組みの中には中国が入っており、ロシアは緩やかな形で中国経済圏に取り込まれていくだろう。

 欧州とロシアが一定の距離を置き、中国とロシアの距離が近づけば、経済的にもさらにブロック化が進む。人民元の決済比率が徐々に拡大し、一方で米国のドル覇権もゆっくりとしたペースだが低下すると予想される。各国は再生可能エネルギーの比率を高めることによって、エネルギーの外国依存から脱却でき、政治的にも独自路線を採用しやすくなる。

 米欧中という価値観の異なる国家が、互いに干渉せず併存するという、無機質で冷たい安定体制が到来するわけだが、ここで重大な選択を迫られるのが日本である。日本はすでに中国が最大の貿易相手国となっており、輸出産業に見切りを付けない限り、中国経済圏への依存は避けられない。中国の人民元決済ネットワークには、ロシアの銀行と並んで多くの邦銀が名前を連ねており、金融市場でも中国による取り込みが始まっている。

 米国は米国で、自国中心主義を強化しており、政府調達においても、米国製品の比率を高める大統領令をすでに施行している。これまでのように何でも米国にモノを買ってもらうという戦略は日本にとって描きにくい。国内ではウクライナ問題について、米国とどう協調するのかという短期的な視点での議論ばかりだが、すでに世界は次の段階に向けて動き始めているのが現実だ。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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