ロイター通信は22日、記事『ロシア、ウクライナ東部に「平和維持軍」派遣へ 西側は制裁の方針』を配信。ロシアのプーチン大統領が21日(現地時間)、ウクライナ東部の親露派地域「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立と主権を承認し、ロシア軍に対し、同地域での平和維持活動を開始するよう命じたことを報じた。同記事によると、プーチン大統領は「ウクライナはロシアの歴史においてなくてはならない一部であり、ウクライナ東部はロシアの土地だ」と語ったという。西側首脳はただちに対露制裁を科す方針を表明し、事態は深刻化の一途をたどっている。
ロシア軍が独立を表明したウクライナ東部のみへの進出にとどまるのか、今後、内戦の激化に伴ってウクライナ西部や首都キエフに侵攻する可能性があるのかは現時点では不明だ。
先行き不透明な情勢の中、日本国内のインターネット上では、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS、ワシントン)情勢分析レポートや一部報道からウクライナ国内に所在する、国際原子力事象評価尺度レベル7の事故を起こし廃炉作業中のチェルノブイリ原子力発電所や稼働中の4カ所の原子力発電所(計15基)が戦闘に巻き込まれることへの懸念の声が散見され始めている。
米シンクタンクは1月末時点で戦闘による原発への影響を懸念
CSISは1月27日、『Russia’s Gamble in Ukraine』と題するレポートを公開。セス・G・ジョーンズ副所長や元米中央情報局(CIA)準軍事責任人者のフィリップ・G・ワシレフスキー氏らが、衛星画像などから解析したロシア軍の戦略・戦術面での動向に関し解説した。
同分析の「THE NUCLEAR DIMENSION」(核の分野)では、ロシア極東からベラルーシに到着した軍用装備の中に、第16放射線・生物・化学防衛旅団の物資・車両を搭載した列車があった点を指摘。対NBC(核、生物・化学)兵器部隊が展開していると推測した。
そのうえで、「ロシアの指導者はそれが必要であり、使用される可能性があることを予想している」との見解を示した。
ウクライナの首都キエフの北に所在するキエフ州プリピチャ市に所在するチェルノブイリ原子力発電所とその周辺の「1000平方マイルに及ぶ立ち入り禁止区域」の存在を指摘し、前述の対NBC兵器部隊の存在と合わせて、ロシア軍がベラルーシからキエフに侵攻するルートとして「立入禁止区域の端に沿って、または立入禁止区域を通過する可能性」を示唆した。
また、対NBC兵器部隊が配置されている別の可能性として、同国内に所在する4カ所原子力発電所で稼働中の15基の原子炉が戦闘中に損傷し核汚染が発生する危険性を挙げ、「この4つ原子力発電所は同国の4分の1の電力を生産している」などと説明。ウクライナ東部との境界線に近く、ドニエプル川東岸に所在する世界最大級の原子力発電所であるザポリージャやベラルーシとの国境近くにある2つの原子力発電所の存在を示し、「これほど多くの稼働中の原子力発電所の近くで行われる大規模な通常戦争は一度もない」と指摘する。
「NBC除染部隊の配備は、ロシア軍が核汚染地域内またはその周辺で活動する可能性がある最悪のシナリオを認識している可能性がある」と述べ、「戦闘によるチェルノブイリ式の炉心溶融は、地元住民と両側の近くの兵士を危険にさらすだけでなく、東風がロシアに放射線を運ぶ。これは、ロシアとの国境から約200マイル、(編集部注:独立を表明した)ドネツクから125マイル未満のザポリージャにある6基の原子炉の損傷に特に当てはまる」と解説した。
石棺に変わるシェルターは建設されたばかり
チェルノブイリ原子力発電所は旧ソ連が開発・設置した黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉で、1986年4月26日に4号炉が爆発。世界初のレベル7に該当する過酷事故を起こした。4号炉をコンクリートで覆う作業が行われ、“石棺”と呼ばれた。現在はウクライナのチェルノブイリ原発公団が維持管理をしている。
石棺は雨水による腐食や内部の放射性物質からの放射線により劣化が進んでいる。2016年には、”4号炉に残された放射性物質を今後100年間、閉じ込める”目的で設計された「新安全閉じ込め構造物」という金属性シェルターが建設された。シェルターの総工費は30億9000万米ドルと見られる。原発事故の影響は事故後40年を経ても残り続けている。
実際にチェルノブイリ原発の廃炉・石棺管理作業を取材したことのある新聞記者は次のように語る。
「チェルノブイリと同国の首都キエフは、日本人の多くが意外に思うくらい近くにあります。感覚的には東京電力福島第1原発事故と東京の位置関係に似ています。チェルノブイリ周辺の立ち入り禁止区域は、徹底した除染作業が行われた日本とは異なり、放射線量の高い土壌が多く残ります。石棺も周辺の立ち入り禁止区域も、緻密かつ徹底した安全管理が求められる地域です。戦場になれば、なにが起こるかはわかりません。
チェルノブイリをはじめ、ウクライナ領内の原子力発電所が戦場となる可能性を考慮するのなら、欧州全域にリスクが及ぶ問題で単なる地域紛争ではありません。原発問題の視点からも、平和的な解決に向け米欧露各国の外交的な努力が求められると思います」
日本の報道ではチェルノブイリやウクライナ国内の原発と同紛争を結びつける報道は少ない。では、国際的な市民社会の動きはどうなのか。日本の原子力資料情報室の松久保肇事務局長は次のように見解を述べた。
「複数の国際団体が懸念を表明していますが、連帯した動きにはまだなっていません。ウクライナには稼働中の原発も多く、同国の外交官も国内の原発が紛争のターゲットになる可能性について言及しています。
いたずらに不安を煽ってはいけませんが、現実として原発のリスクは高いと思います。過酷事故を起こした廃炉作業中の原発周辺で、本格的な地上戦が行われたことは人類の歴史上、一度もありません。平和的な解決で、この危機を回避する一番の方策だと思います」
(文=Business Journal編集部)