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小黒一正教授の「半歩先を読む経済教室」

国民医療費、長期的に減少の可能性も―名目GDP成長率との調和も重要―

文=小黒一正/法政大学教授
国民医療費、長期的に減少の可能性も―名目GDP成長率との調和も重要―の画像1
「gettyimages」より

 高齢化が進むなかで医療費は膨張を続けているが、中長期的に本当に医療費は増え続けるのか。筆者の興味深い一つの試算を示しておこう。

 まず、医療費の予測は政府も行っている。例えば、過去の予測で有名なのは厚生労働省の試算だ。平成6年3月に公表した「社会保障に係る給付と負担の将来見通し(試算)」(21世紀福祉ビジョン)では、2025年度の国民医療費が141兆円に到達すると予測していた。しかしながら、2019年度の国民医療費が44.3兆円なので、これから6年後の2025年度に141兆円になるとは思えず、過大推計であったことは明らかである。

 また、厚労省が平成12年10月に公表した「社会保障の給付と負担の見通し」では、2025年度の国民医療費が81兆円、厚労省の「医療費の将来見通しに関する検討会」資料(平成18年12月27日)では、平成18年1月の試算で、2025年度の国民医療費(改革実施前)が65兆円に膨らむと推計していたが、やはり過大推計になっている。

 そのほか、厚労省の「高齢者医療制度改革会議」(平成22年10月25日)でも試算を行っているが、この時の予測では、2025年度の国民医療費が52.3兆円に膨らむと推計していた。

 一定の改善努力はしているが、以上のとおり、政府が予測する将来の医療費は過大推計となる傾向がある。この原因の一つは、過去の医療費の伸びが今後も継続すると仮定したためだが、最近の医療費の伸びは鈍化しつつある。このため、最近のデータを用いて、2050年度頃までの国民医療費を改めて予測してみる価値はあると思われる。

試算を上回る医療費を確保できる可能性も

 そこで、筆者は1997年度から2019年度までのデータを利用して、厚労省と似た方法で再推計してみた。厚労省の試算では、まず、過去の一人当たり国民医療費の伸び率から将来の伸び率を予測し、それを利用する形で、将来の一人当たり国民医療費を推計する。その上で、将来推計人口から加入者数の将来見通しを試算し、将来の一人当たり国民医療費と加入者数の将来見通しの掛け算として、国民医療費を予測する。

 すなわち、まず、過去のデータ(令和元年度・国民医療費・統計表)から、年齢階級別の一人当たり国民医療費を求め、それから、年齢階級別の一人当たり国民医療費の将来値を試算する。また、「日本の将来推計人口」(平成29年推計、出生中位・死亡中位)の年齢区分別データから、年齢階級別の人数を計算し、この人数と年齢階級別の一人当たり国民医療費(将来値)との掛け算により、将来の国民医療費を試算する。この試算結果が以下の図表である。

 なお、この図表では、「試算①」と「試算②」という2つの試算を掲載している。このうちの「試算①」では、年齢階級別の一人当たり国民医療費(将来値)は2019年度の値と変わらないという極端な仮定を置き、将来の国民医療費を試算したものである。他方、「試算②」では、1997年度から2019年度における年齢階級別の一人当たり国民医療費の伸び率の平均が、2020年度以降も継続すると仮定し、年齢階級別の一人当たり国民医療費(将来値)を計算した上で、将来の国民医療費を試算したものである。

国民医療費、長期的に減少の可能性も―名目GDP成長率との調和も重要―の画像2

 厚労省の過去の予測と実績を考慮すると、図表の「試算②」は過大推計となる可能性が高い一方、「試算①」は過少推計となる可能性がある。このため、今後の国民医療費は、「試算①」と「試算②」の間の領域を推移すると思われるが、興味深いのは「試算②」でも国民医療費は長期的に減少に転じるということである。試算①のピークは2022年度だが、試算②のピークは2051年度である。今後の国民医療費が両者の中間値を通過する場合、そのピークは2042年度となる。

 また、図表では、国民医療費を2020年度以降、毎年0.5%で成長させた場合(試算③)と毎年0.75%で成長させた場合(試算④)の長期的な国民医療費の予測も描いている。試算③の医療費は、2020年度から2050年度までは試算②の値を若干下回っているが、2051年度以降では試算②の値を上回る。また、試算④の医療費は、2020年度から2024年度までは試算②の値を僅かに下回っているが、2025年度以降では試算②の値を上回る。

 最近、内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」(2022年1月14日版)では、低成長ケース(ベースラインケース)でも、2025年度以降の名目GDP成長率は1%超もある。つまり、医療費の伸びを名目GDP成長率の範囲内でコントロールすることとした場合、試算①や試算②を上回る医療費を確保できる可能性がある。現状では医療費の伸びを一定のルールで制御することに否定的な意見もあるが、医療費をコストでなく、投資とみなすならば、財政との調和も考慮しながら、いずれ医療費も潜在的な名目GDP成長率に沿う形で伸ばしたほうが適切な予算を確保できる可能性がある。

(文=小黒一正/法政大学教授)

小黒一正/法政大学教授

小黒一正/法政大学教授

法政大学経済学部教授。1974年生まれ。


京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。


1997年 大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。会計検査院特別調査職。日本財政学会理事、鹿島平和研究所理事、新時代戦略研究所理事、キャノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。


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Twitter:@DeficitGamble

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