薬剤師が薬の処方や予防接種も…日米でこんなに違う権限、医療費削減の切り札の可能性
医療費の高騰が叫ばれ、国は削減のためのさまざまな取り組みを行っている。しかし、我が国の医療費は43兆円を超え、その内、薬局調剤医療費は7兆円にも上る。この額からも調剤薬局の存在が大きいことがうかがえるが、2018年時点でその数はコンビニエンスストアを上回っている。
調剤薬局と患者という需要と供給のバランスが成り立っているからこそ、これほどまでに調剤薬局が乱立すると思われるが、さらに医療費が増大し、患者の負担が大きくなれば、そのバランスも変わってくるだろう。そうなると医療格差が起きることも想定され、調剤薬局や薬剤師の在り方も自ずと変わってくるだろう。
アメリカでは医療格差が大きく、薬局や薬剤師の在り方も日本とは大きく異なる。アメリカの薬局事情に詳しいスポーツファーマシスト、石田裕子氏に話を聞いた。
アメリカの薬剤師
「薬剤師の責務は日本もアメリカも、医療人という意味では基本的には同じだと思います。しかしながら、その教育制度や職権など薬剤師を取り巻く環境と保険医療制度の違いによって患者が受ける待遇は異なります」
一概にどちらが良い・悪いなどと比較することはできないが、日本では国の医療費負担、アメリカでは個人の医療費負担が大きな問題となっている。アメリカでは現在も3000万人余りが無保険者といわれ、医療へのアクセスは良くない。
「アメリカでは、加入している保険の種類によって受けられる診療や薬が違ってきます。また保険に加入できるほど収入の余裕がない人は無保険なので、病気になったときの医療費はかなり高額になってしまいます。総じてアメリカ国民のヘルスケアに対する意識は高い傾向にあり、健康に問題が生じた場合はすぐさま薬剤師に相談し、OTC医薬品(市販薬)やサプリメントで補えるようであれば早めに手を打つのが一般的です。また、できる限り薬を服用しないで済むよう、食事療法や運動療法を取り入れる人も多くいます」
アメリカの薬局
日本の薬剤師は、医師の処方に従って調剤(薬を揃え患者に投薬する)するのみで、自らの権限で処方や処方内容の変更をすることはできない。一方、アメリカでは「プロトコル型処方権」といって、定められた条件の下ではあるが、薬剤師に処方権がある。
「プロトコル型処方権の主たるものは、病状が安定した患者に対して、医師が期限を決めて処方箋を書き、期限内であれば薬剤師のモニタリングのもとに、その都度繰り返し調剤が行われるリフィル処方箋です。薬剤師は自身の判断で、継続して再処方するか再診を勧めるか判断することができます。患者にとっても、病院・薬局という2段階を踏むことなくワンストップで薬を受け取れるという利点があます」
日本でも幾度か論議されている、薬剤師によるリフィル処方箋であるが、いまだ導入には至っていない。
アメリカの薬剤師
リフィル処方箋だけでなく、アメリカの薬剤師は、さらに広い医療行為を行うことができる。
「医療機関と薬局との取り決めにより内容は異なりますが、たとえば再調剤の際に、薬局で自己採血を行い、ワーファリンなどの投与量を薬剤師が変更することもできます。日本では、薬の副作用と思われる症状が薬局で判明した場合、医師に疑義照会を行い、医師の許可を得てからでなければ薬の変更はできません。その際、患者は延々と待たされることになりますが、この点、アメリカではスムーズに事を運ぶことができます」
さらに、日本では医師の診察、処方が必須の避妊薬、鎮痛剤、禁煙製品、予防的HIV薬、旅行薬などの薬に関して、アメリカでは薬剤師が処方することを許可している州もある。
アメリカと日本の薬剤師の大きな違いは、アメリカの薬剤師には医療費負担を軽くするという責任があることだろう。アメリカでは基本的にジェネリック医薬品での調剤が行われ、場合によっては患者に錠剤の分割(自分で錠剤を半分に割る)を勧めることもある。たとえば20mg錠1錠よりも40mg錠を0.5錠服用したほうが安い場合は、40㎎を調剤し服用時に患者に半分に割ってもらうのだ。日本では、薬局で錠剤を分割する際、調剤料が加算され結果、医療費は嵩むことになる。また、ジェネリックに関して、日本では患者の意思で先発品かジェネリッックが選べるが、アメリカでは基本的にジェネリックを使用する。
「アメリカの保険では、基本的にジェネリック医薬品しかカバーしていないことが多く、ジェネリック医薬品のない先発品が処方された場合は自己負担となります。ジェネリック変更の場合は、薬剤師の判断で同等の別の薬に変更してくれます。アメリカはジェネリック普及率が90%を超えるが、日本は80%に満たないのが現状です」
このように、アメリカではあの手この手で医療費を減らすシステムがあり、さらに薬局によって薬の値段が異なる。無料クーポン券の配布などを行っている薬局もあり、患者はネットで検索し、できる限り薬代の安い薬局を選ぶなど、患者側の医療費に対する意識も高い。日本では処方箋の医薬品の割引は禁止されている。
「定期薬であればオンラインで医師に処方箋を記入してもらい、オンラインで薬を注文し、1~2週間程度で自宅に薬が配達されるオンライン診療も充実しています。日本ではコロナの感染防止対策として遠隔診療が拡大されましたが、まだまだ課題が多くあり、本格的な普及はこれからだと思います」
新型コロナウイルス(COVID-19)のワクチン開始に伴い、海外の接種状況が報道され、アメリカでは薬局で薬剤師が接種できることが大きな話題となったが、これもコロナ禍の特例ではないという。
「州によって多少規制は異なりますが、50州すべてで薬局でインフルエンザなどの重要な予防接種が行うことができます。トレーニングを受けた薬剤師がCOVID-19を含むワクチン、その他小児用ワクチンを打つことができるので、風邪の流行時期などに病院で延々と待つことなく予防接種を受けることができるのは、患者にとって非常に利便性があります。またFDA(食品医薬品局)によって認可された薬剤師は、承認された血清検査、COVID-19の抗体検査も実施できます」
日本は国民皆保険のため窓口での自己負担が低い。しかし、国民が平等に診療を受けられる一方、ヘルスケアに対する意識は高いとはいえない。ハードルが低いため、わずかな健康不安でも病院を受診し薬を処方してもらう傾向にあり、複数の医療機関から薬を処方してもらった結果、ポリファーマシー(多剤投与)といわれる“薬漬け”に近い状態になり、自分が一体何の薬を飲んでいるのか、まったく理解しないまま通院を繰り返す人もいる。特に睡眠薬の乱用はアメリカと比べても、かなり深刻である。
日本の医療もアメリカの医療もそれぞれに一長一短があるが、アメリカのように個々がしっかりヘルスケアに対する意識を持ちつつ、日本のように誰もが平等に医療サービスを受けられる社会の構築が必要だろう。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)