今回も、拙著『歯・口・咀しゃくの健康医学』から、驚きの「歯周病と全身疾患との関係」についてお話しします。
歯周病は人類史上、もっとも感染者数の多い感染症とされ、ギネス・ワールド・レコーズに載っているほどで、世界中に最も広く知れ渡った病名です。
しかし一般の方に「歯周病はどのような病気なのか」とのアンケートを行ってみると、ほとんどの方が「歯と歯ぐきの病気」と答え、「歯ぐきと、歯を支える骨の病気」と正しく答えられる人の割合は、およそ1割強という結果があります。歯周病は歯の病気ではなく、歯茎の病気なのです。
そしてまた、歯周病をわかりづらくしているのは、「歯肉炎」と「歯周炎」の2つを合わせて「歯周病」としていることです。
実は、この2つには大きな違いがあります。歯肉炎は歯を支える骨にはダメージを与えない炎症ですが、歯周炎は歯を支える骨を破壊し、最終的には歯が抜けてしまう炎症です。つまり、歯周病のなかで気を付けなければならないのは歯周炎ということになります。具体的にいえば、歯周炎は深いポケットが出来、歯茎が赤くただれ膿が出るような状態です。
どちらも歯周病菌が主体となり起こす炎症ですが、それ以外にも喫煙や肥満、糖尿病、ストレス、歯ぎしり・噛みしめ、遺伝的因子などの多岐にわたる要因があり、これらが複雑に組み合わさり歯周病の進行に大きな影響を与えます。つまり、細菌と同じように、これらの因子に対応しなくては、本当の意味での歯周病治療や予防にはなりません。きちんと歯さえ磨いていれば歯周病にならない、ということではないのです。
歯周病と全身
では、歯周病を全身という視点から見てみましょう。
最近では、動脈硬化やがんなどの疾患を起こしている臓器を調べると、歯周病菌が検出されることから、「歯周病と全身疾患」の研究が進み、歯周病とがん、肥満、認知症、糖尿病、心臓病などといった、これまでまったく無関係と思われていた疾患に、歯周病との強い関連性がうかがえるという文献が多く見られるようになってきました。
たとえば、「口腔内細菌4種の大腸がんへの関与を世界に先駆けて証明」という文献です。この文献では、口腔と腸内に同じ遺伝子配列を持つ細菌が発見され、世界で初めて口腔から大腸に細菌が供給されていることを証明できたとあります。
また、腸内に特異的な口腔常在菌を4種発見し、これらの口腔内細菌が腸に移行して大腸がん(直腸・結腸がん)の発生や進行に関わる可能性があることもわかったとのことです。予防のためにも、大腸がんと関連する細菌を腸に定着させないよう、日常の口腔ケアと定期的に歯科で管理してもらうことが大切、とまとめられています。
次に、「肥満が歯周病を悪化させるメカニズムを解明 肥満により腸内細菌叢が変化 腸内細菌が歯周病に影響」という文献です。この文献では、マウスを使って実験を行い、肥満による腸内細菌叢の変化が尿酸の産出につながり、それが血流を介して歯周組織での炎症を亢進させ、歯周病を悪化させると解明したとのことです。
この2つの文献から、歯周病と腸内細菌は相互に密接な関連性を持つので、歯周病を改善することが大腸がんの抑制につながったり、肥満の改善や腸内細菌を整えるアプローチが歯周病の悪化を抑制し、先の大腸がん予防につながるような好循環が期待できるというものです。
3つめは、「認知症の原因物質、歯周病によって蓄積する仕組みを解明」という文献です。この文献では、認知症の7割を占めるアルツハイマー病の原因といわれる、アミロイドベータなどの異常なたんぱく質が、歯周病菌に感染したマウスの脳血管では約2倍運ばれやすくなり、脳細胞へのアミロイドベータの蓄積量も10倍に増えたことをつきとめたとのことです。
「歯周病菌が、異常なたんぱく質が脳に蓄積することを加速させてしまうことが明らかになった。歯周病の治療や予防で、認知症の発症や進行を遅らせることができる可能性がある」とまとめています。
その他、糖尿病、心臓疾患などにも歯周病との関連を示す文献が多く発表されています。このように最近では、歯周病と全身疾患との関連性について、さまざまな報告がされるようになってきました。歯周病菌の出す毒素が複雑に絡み合いながら、全身に良くも悪くも大きな影響を与えるようです。
つまり、歯周病に対しては、細菌の除去だけではなく、禁煙をしたり、腸内環境を整えたり、体重管理をしたりして、できるだけさまざまなリスク因子に、並行したアプローチをすることが肝要だといえます。「口の健康」は、すべての健康への起点なのです。
次回は、「人生100年時代を生きるための健康法」についてお話ししたいと思います。