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「主要先進国がロシアに科す経済制裁は4月29日時点で1万128件となった」
このように指摘するのは、法令遵守に関するデータを集計する米国の専門サイト「Castellum,AI」だ。同サイトによれば、ロシアへの制裁件数は、核開発問題を抱えるイラン向け(3616件)の3倍に上り、ダントツの世界1位となっている。経済制裁とは、戦争を起こすなど国際ルールに反した国に対して経済的な打撃を与え、問題のある行為をやめさせようとすることだ。対象の国との貿易を禁じたり、銀行決済などを止めるなどの方法がある。ロシアが2月下旬にウクライナに侵攻すると、西側諸国は「一致団結して経済制裁で対抗する」という異例の戦略をとった。
西側諸国との貿易や金融取引から排除することでロシア経済に一定のダメージを与えてきたが、当初予想されたほどのレベルには達していない。ロシア経済が破綻する兆候は見えておらず、「経済制裁がロシア経済に深刻な打撃を与えて短期間で戦闘を終了できる」との期待は消えつつある。冷戦終結以降、米国は「ならず者国家」と呼ぶ国々(北朝鮮、イラン、イラク、リビアなど)に対し経済制裁を実施してきたが、経済制裁のみで政権転覆など外交安全保障上の目的を達成できたことはない。相手が大国であるロシアであればなおさらのことだ。西側諸国の制裁は、プーチン体制が変わらない限り解除されることはないとされており、危機を回避したロシアと西側諸国の間で長期にわたり「経済戦争」が続く事態が現実味を帯びている。
経済は昔から戦争の武器として利用されてきた。経済制裁は爆弾などのような殺傷力はないが、長期的には敵に対して壊滅的なインパクトを与えることができる。経済のグローバル化が大きく進展した現在、この非暴力的な攻撃手段は前代未聞の威力を持つようになっている。世界はモノ、カネ、情報などのネットワークで網の目につながったが、「結び目」は必ずしも均一ではない。相互依存が強まれば強まるほど中心的な「ハブ」となった国が「ネットワークから排除する」と脅かすことで他国を従属させることが可能になっている。米国をはじめとする西側諸国は世界経済でのシェアは小さくなったものの、金融などの分野で圧倒的な力を誇っている。
西側諸国が仕掛けたロシアへの経済制裁は未曾有のレベルにまでエスカレートしており、世界の繁栄を可能にしてきたグローバル化のプロセスを逆行させるリスクが高まっているが、その正当性が議論されることは皆無に等しいのが現状だ。哲学者のカントは著作『永遠の平和のために』の中で「国家間の商取引を増やし、戦えば互いが損失を被る関係を築けば流血を防ぐことができる」と主張したが、西側諸国は「戦いを防ぐはずの相互依存」を逆手にとって「武器」として利用し始めているといっても過言ではない。