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木村誠「20年代、大学新時代」

派遣化する大学教員の悲劇…来春に国立大で雇い止め3000人超えの大量発生?

文=木村誠/大学教育ジャーナリスト
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文部科学省が入居する霞が関コモンゲート東館(中央合同庁舎第7号館)(「Wikipedia」より)
文部科学省が入居する霞が関コモンゲート東館(中央合同庁舎第7号館)(「Wikipedia」より)

 大学の教員といえば知的専門職として今でも人気があるが、その実態は厳しい職場環境になっている。10月下旬の朝日新聞ネットニュースでは『東大教授、成果あげても雇い止め 研究者殺す「毒まんじゅう」の罠』というタイトルで、10年間の任期が終わる東京大学特任教授の悲劇を報じている。

 2013年に改正労働契約法が施行されてから10年が経つ2023年は、研究系にとっても任期完了で雇い止めになる最初の年だ。

 いわゆる有期雇用者の無期転換ルールは、民主党政権下の2012年8月に成立した。有期雇用は通算5年で無期雇用への切り替えを求める無期転換申込権が発生するという決まりだ。ところが2013年に、2012年末に政権交代した自民党・公明党の議員立法で、特例として研究者の無期転換申込権の発生を10年に延ばした。このため、研究者の場合は有期雇用の期間が10年になると無期転換を申し込めるようになった。大学教員もそれに当てはまる。

 現在、有期雇用者の多い大学や研究所は、もし無期転換の教員が増えると長期的に人件費増を覚悟しなければならない。大学や研究機関では、有期雇用の研究者らを無期雇用に転換する経営体制が整っていないケースも多い。

 有期雇用の教員が多い大学には、科学研究費の採択件数や文部科学省などのプロジェクトで採用された競争的資金が多い有力大学が少なくない。科学研究費などの競争的資金は期限付きのため、その期間の教育研究を担う有期雇用の教員が必要となるからである。

 2004年に法人化されてから18年、国立大学にとって安定財源である運営費交付金は、2015年度までの11年間に総額で1割以上削られている。今でも財政は好転していない。各大学などは人件費増につながる無期雇用のポストの数を増やさず、任期付き教員を増やして何とか教育研究活動を続けてきた。

 前述の東大特任教授も任期付き教員で雇い止めになり、多くの転職先を当たっているが、苦闘して25番目にやっと決まった。今年度末で有期雇用の契約が10年となる研究者は国立大学だけで3099人に上るという(朝日新聞11月2日より)。就職希望者が多いだけに、雇い止めになると厳しい。大学教員の公募でも、実際にはコネ採用が多く、公募は建前だけという話もよく聞く。

 ポスドクなど若手研究者の中には、このような期限付きの教員雇用がキャリアアップになると、積極的に取り組むケースもある。しかし、有期雇用の教員は任期明けで無期雇用に転換できないと、高齢化しており、大学間を渡り歩く不安定なポジションになることも多い。

客員や特任など大学教員の多様化が進む

 今の大学設置基準では、一つの大学で教育研究に従事する「専任教員」の配置を求めている。主要科目を担当して、学部教育や運営面での柱となる。他の大学で授業を担当したとしても、その大学の専任教員にはなれないため、授業のみを担当し、学部運営などには携わらない。

 専任教員は学部の規模や種類で必要最低人数が決められているため、大学がどんどん新学部・新学科をつくるわけにはいかない。それだけの専任教員を配置しなければいけないからだ。

 大学の情報公開努力義務には教員数も含まれるので、原則どの大学でも専任教員数は公表している。一般の人から見れば、専任教員とは、その大学の教育研究に専従している無期雇用の常勤教員を指すものであろう。ところが、現在の大学設置基準には「大学は、教育研究上特に必要があり、当該大学における教育研究の遂行に支障がないと認められる場合には、当該大学における教育研究以外の業務に従事する者を、当該大学の専任教員とすることができる」とある。他の業務を持っていても、専任教員になることができるのだ。

 このような項目があるために、他の大学に仕事を持っていても、その大学の教育研究に必要かつ支障がなければ専任教員にカウントしてもよいわけで、どこで線引きするか曖昧だ。

 有名私大では、全教員に占める専任教員の比率は平均30%前後と3分の1以下である。中堅私大の中には、常勤教員は専任、非常勤教員は非専任とカウントし、教員が有期か無期かを問わないところもある。要するに、大学教員の雇用は実に多様化しているのだ。教授でも客員、特任とか、いろいろと冠詞がついてくる。

大学教員の「専任教員」は「基幹教員」へ

 大学教員の雇用に関して、注目されているのが、2023年から導入される基幹教員制度だ。雇い止めに遭う可能性のある有期雇用の大学教員や研究者にとって吉と出るか凶と出るか、読みは難しい。

 文科省は2023年から現在の「専任教員」を新たに「基幹教員」に衣替えし、一つの大学に縛られず、複数の大学や学部で基幹教員になれるよう基準を改正することにした。この基幹教員は、複数の大学で学部運営に参加し、新分野に対応した先進的な教育プログラムの開発などに携われる点が、一つの大学に限定する専任教員との主な違いだ。

 狙いとしては、先端技術の学びや文理横断教育の推進、学部・学科の再編も期待されている。学生にとっては、他大学の教授らの専門的知識を学ぶことができるようになる。

 非常勤の立場のままでも年8単位(週2コマ)以上の授業を持てば基幹教員になれるので、他大学の教員だけでなく、民間企業の現役の実務家や研究者の登用も視野に入れている。2023年度から本格的に運用が始まる予定である。

 原則として1大学限定とする「専任教員」規定を変えるのだから、大学教員の働き方も変わる。「○○大学教授」という誇らしげな肩書も、あまり意味がなくなるかもしれない。

 現実的には、これまでのように多くが自分の母校である大学や大学院に足場を置きつつも、一人の教員がいろいろな大学に派遣されるようなケースが増えるかもしれない。大学教員にとっては働く場が多様化するので歓迎すべきようであるが、現状から見ると懸念すべき点も多い。

新制度は実質リストラ策なのか?

 文科省の資料では「教員が十分に養成されていない成長分野等において、民間企業からの実務家教員の登用の促進や、複数大学等でのクロスアポイント等の進展が期待」とある。実務家教員とは産業界や自治体などでの実務経験を生かした教員のことで、今でも増えている。

 クロスアポイントメント制度とは、複数機関の相互の協定により、大学教員などがそれぞれの機関で「常勤職員」としての身分を有し、両機関の責任の下で必要な従事比率(エフォート)で業務を行うものである。給与や社会保険料などについては両機関のいずれかが一括して研究者に支払うなど、基本的な枠組みを整備することにより、研究者本人も不利益を受けることなく、それぞれの機関で業務に従事することが可能となるはずである。

 この実務家教員やクロスアポイントメント制度と基幹教員制度が相性が良いのは、一目瞭然だ。ただ、教員が複数の大学に在籍できるというこの仕組みが、若手研究者にとって本当にプラスになるのか。すでに大学内のポジションに就いている正規教員がこのようなダブルポストを占めると、ポスドクの任期付き職員や非常勤の教員は、ますます正規のポジションに就く可能性を失うことになるのではないか、という疑問が当然生まれる。

 大学経営としては、人件費の分担を狙ったリストラ策とも考えられる。しかし、たとえ各大学にとって経営的なプラスの面があるとしても、若手研究者の希望をくじく実質リストラ策になってはならない。

 基幹教員制度の本来の狙いからいって、埼玉工業大学の准教授が福島県奥会津の只見線活性化のサポーターをしている事例なども参考になる。たとえば地域振興の専門家が多い岐阜大学地域科学部や鳥取大学地域学部の教員が他の地方大学の基幹教員になるなど、いろいろな連携も考えられるからだ。

 このように、さまざまな大学間連携によって基幹教員ネットワークの活性化が充実していけば、大学に対する社会の期待も膨らむであろう。長い目で見ると、そのような若手研究者の育成こそが日本の研究力を高めることになる。

 20年後に日本の大学には基幹教員である実務家教員と非常勤講師しかいない、ということになれば、世界水準の研究などは遠い夢となるであろう。

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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