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『大奥』の虚実と徳川家光…男色好みはホント、お万の方は万里小路家はウソ

文=菊地浩之(経営史学者・系図研究家)
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よしながふみのマンガ『大奥』がNHKでドラマ化決定! 同作品はコミックス累計発行部数が600万部を超え(電子版を含む)、これまでもドラマ化、映画化されている。(画像はNHKドラマ公式Twitterより)

フィクションの『大奥』と史実の大奥、どこまでが一緒でどこが違うのか

 1月10日よりNHKドラマ10の枠で、よしながふみ作『大奥』が放送開始される。原作は、女が将軍になり男ばかりの大奥ができあがるという男女逆転の世界をマンガにしたものである。

「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」という若年男性のみに対し致死率の高い奇病が蔓延。3代将軍・徳川家光もこれに罹患して死去し、一人娘の千恵(演:堀田真由)が家光の身代わりとなって、大奥に男性ばかりを囲う。慶光院(けいこういん)という高貴な寺院の新門主・万里小路有功(までのこうじ・ありこと/演:福士蒼汰)は京都の公家に生まれ、江戸に下って将軍に拝謁。そのまま逗留させられ、小僧の玉栄(ぎょくえい)とともに還俗(げんぞく)し、大奥の一員となる――といったストーリーだ。

 実際の家光の側室は、少なくとも9人存在した。これ以外に身分の低い女性が何人かおり、流産や早世した子がいたとも伝えられる。

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NHKドラマでは有功を福士蒼汰が演じる。『仮面ライダーフォーゼ』ではリーゼントに短ランのヤンキーだった福士蒼汰ももうアラサー。有功の色気を出せるか期待したい。

フィクション版『大奥』万里小路有功のモデルは、実在の“お万の方”だが

 家光の側室の特徴は、基本的に身分が低いことだ。特に子どもを産んだ側室は、1人を除き、みな庶民である。例外的に身分の高いひとりが、『大奥』に登場する万里小路有功(までのこうじ・ありこと)のモデル、お万の方だ。

 お万の方は、京都の公家・六条有純(ろくじょう・ありずみ)の娘として生まれた。『大奥』では、苗字の万里小路から「万」の名前を賜ったことになっている(なるほどなぁ)。

 万里小路家という公家は実在する。有名なところでは、万里小路充房(あつふさ)が織田信長の娘と結婚している。万里小路家は代々「○房」という名前で、「有○」という名前ではない。数ある公家のうちのひとつであり、六条家とはまったく関係がない。

『大奥』の設定と同様、実際のお万の方は伊勢慶光院という寺院の住持(つまり尼さん)になったが、寛永16(1639)年、数え16歳の時に家光に謁見。家光に気に入られ、還俗(げんぞく)して側室に迎えられたという。世間では「家康の後家(ごけ/未亡人)好き、家光の尼好き」と揶揄された。

 もっとも歴史学者の福田千鶴氏によれば、慶光院の住持には該当する人物がおらず、家光の正室・鷹司氏にともなって京都から下ってきたのではないかと推察されている。ただし、代替わりの謁見でそのまま還俗させられたら、歴代住持にカウントされないに違いないだろうし、寛永17年に死去している住持がいるので、病気で交代しようとしたが、思わぬアクシデントで――といったストーリーも考えられなくもない。まぁ、マンガになってしまうので、推測はここまでにしておこう。

 お万の方は公家の娘のなかでも特に美人で心根も優しかったため、家光の寵愛を得たが、子どもはなかった。これについて高柳金芳氏は、「老中より内証ありて懐妊を禁ぜし故」との説を紹介し、「この老中の内証とは、当時の為政者として、幕府の政権を保持するためには、将軍家の血脈に皇室乃至(ないし)は公卿の血脈の流入することを極力阻止したためであろう」(『徳川妻妾記』)と解説している。

 ただし、家光の子・家綱が早くも公家出身の側室を懐妊させているので、どこまで本当かはわからない。あるいは幕府創業期の特殊事情だったのかもしれない。家光の時代は我々が思っている以上に戦国時代の遺風を残していた。たとえば、姫路や福井など重要拠点の藩主が代替わりで幼主になると、交代させられるくらいだった。まだ藩主を軍事拠点の指揮官とみなしていたのだろう。

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江戸幕府の第3代将軍・徳川家光。父の徳川秀忠と母のお江(浅井長政の三女)は、家光の弟の国松のほうを溺愛、次期将軍に推していたため、家光の乳母である春日局と対立したという。(画像は岡山県・金山寺所蔵の家光像【Wikipediaに掲載】より)

女性に興味を示さなかった家光と、“お振の方”による長女の出産

 さて、初期の大奥をつくりあげたのは、春日局(かすがのつぼね/演:斉藤由貴)とその親戚にあたる祖心尼(そしんに)だといわれている。

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春日局の父・斎藤利三は明智光秀に仕えた武将。しかし、本能寺の変で利光は処刑され、春日局は親類縁者を頼って各地を転々とするなど、苦労の多い前半生を送ったという。

 家光の初めての子(長女)を産んだのは、お振(ふり)の方といって、この祖心尼の親戚の娘である(孫だとも、娘の義妹だともいわれるがはっきりしない)。家光は数え34歳、当時としてはかなり遅かった(ちなみに、祖父・家康に初孫ができたのは34歳の時である)。

 家光は満21歳の時に摂関家(鷹司家)から正室を迎えたのだが、家光は当時同性愛者で、女性にまったく興味を示さず、夫婦仲は悪かった。当然、子どももいない。

 そこで春日局が跡取り問題に奔走し、身内の女性をあてがった。それがお振の方だったのだが、産後の肥立ちが悪く、22歳の若さで死去してしまう。

家光の長男・徳川家綱を産んだ“お楽の方”は罪人の娘

 家光の長男・徳川家綱を産んだ側室はお楽の方という。

 春日局が浅草観音参詣の帰途、古着屋の店先で遊んでいたお楽の方を見つけ、大奥に上がることを勧めたのだという(春日局ではなく、祖心尼だとも)。家光の好みと踏んだというから、ボーイッシュな女性だったのかもしれない。満20歳で家綱を産んでいるので、スカウトされた時はまだ10代。一方、家光は17歳年上の数え38歳。今だったら、キショイ(気色悪い)とか、財産目当てとか言われそうだ。

 お楽の方は下野(しもつけ/栃木県)の農民の娘で、父は鳥類の密猟で生計を立てていたが、御法度(ごはっと)の鶴を密猟していたことが露見し、寛永4(1627)年に死罪になっている。いわゆる罪人の娘だ。韓国の宮廷ドラマで、王の寵妃が罪人の娘ではないかと大騒ぎしたような話があったような気がするのだが、日本の場合はなんの問題もない。ノー・プロブレムである。のみならず、お楽の方の実弟は大名に出世し、姉妹は名家に嫁ぎ、兄弟は名門の養子に迎えられた。

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病弱で次期将軍にふさわしくないと考えられていた家光を根気よく育てあげた、家光の乳母・春日局。“将軍の乳母”という立場にまで上り詰め、大奥の基盤を整備するなど歴史に名を残した。(画像はWikipediaより)

出自は低くも見目麗しい? 跡継ぎを産んだ家光の側室たちによる“ジャパニーズ・ドリーム”

「春日は家光の気に入る娘を探すために、身分や出自などを考慮しなかったかのように伝えられることが多いが、そのようなことは全くの俗説だ」(『春日局 今日は火宅を遁れぬるかな』)と指摘されているが、男子を産んだ家光の側室はみな出自が低かった。そして、子どもたちが藩主や将軍になるにつれ、親兄弟も旗本・大名に大出世していった。ジャパニーズ・ドリームである。

 戦国時代の武将の側室は、意外にちゃんとした出自の女性が多かった。「家康の夫人たちは、みなさしたる名門の出身ではないですね」と評された徳川家康の側室ですら、みな武家の出身で、純然たる庶民は1人しかいない。秀忠の母は国人領主の子女だし、御三家の紀伊・水戸藩祖の母は鎌倉御家人・三浦氏の末裔(三浦義村[『鎌倉殿の13人』で演:山本耕史]の弟の子孫)なのである。家康は次男の結城秀康と6男の松平忠輝を嫌っていたが、2人の共通点は母親の身分が卑しかったことだ(側室のうち、唯一の庶民が忠輝の母である)。

 ところが家光の時代になって、「寵愛を受けて跡継ぎさえ産めば、この際、出自なんかどうでもいい」にモード・チェンジした。豊臣秀吉は高貴な姫君を側室に迎え、成り上がり根性がしばしば批判されるが、「跡継ぎの母親はちゃんとした出自の者であるべし」という、当時としてはごく普通の感覚だったのかもしれない。

 ともあれ家光以降お江戸では、貧しい生まれの美女たちがジャパニーズ・ドリーム目指して熾烈なバトルを繰り広げていくのであった。

(文=菊地浩之)

【参考文献】
よしながふみ『大奥』(2005〜2021年、白泉社)
福田千鶴『春日局 今日は火宅を遁れぬるかな』(2017年、ミネルヴァ書房)
高柳金芳『徳川妻妾記』(2003年、雄山閣)
続群書類従完成会編『徳川諸家系譜』(1970〜1984年、続群書類従完成会)

菊地浩之

菊地浩之

1963年、北海道札幌市に生まれる。小学6年生の時に「系図マニア」となり、勉強そっちのけで系図に没頭。1982年に國學院大學経済学部に進学、歴史系サークルに入り浸る。1986年に同大同学部を卒業、ソフトウェア会社に入社。2005年、『企業集団の形成と解体』で國學院大學から経済学博士号を授与される。著者に、『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』(平凡社新書、2009年)、『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』(角川選書、2017年)、『織田家臣団の系図』(角川新書、2019年)、『日本のエリート家系 100家の系図を繋げてみました』(パブリック・ブレイン、2021年)など多数。

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