大手総合商社の伊藤忠商事が、自動車保険の保険金水増し請求問題で経営危機に陥っている中古車販売大手ビッグモーターの買収を検討していることがわかった。すでにビッグモーターは国土交通省から34の工場について自動車整備の事業を停止する行政処分を出されており、金融庁も同社の保険代理店登録を取り消す行政処分を行う意向を表明している。また、顧客などとの間で複数の訴訟を抱え、今後増えるとみられているほか、損害保険会社へ支払う損害賠償も数十億円に上ると予想されており、不確定のリスクも多い。そんなビッグモーターを、なぜ伊藤忠は買収することを検討しているのか。業界関係者の見解も交えて考察してみたい。
伊藤忠は17日、子会社の燃料商社・伊藤忠エネクス、企業再生ファンド・ジェイ・ウィル・パートナーズと組み、ビッグモーターとデューデリジェンス(資産査定)を独占的に実施する基本合意書を締結したと発表した。伊藤忠はグループに輸入車・中古車販売のヤナセを持ち、伊藤忠エネクスはグループに約100店舗を展開する日産大阪を持っている。また、伊藤忠の持ち分法適用会社、東京センチュリーはニッポンレンタカーサービスを傘下に持つなど、グループとして自動車ビジネスを幅広く展開しており、相乗効果を見込めるとされる。
自主再建を断念したビッグモーターは他社資本の受け入れによる再建を視野に、中古車買い取り・販売店「ガリバー」を運営するイドムやオリックスに接触していたが、イドムはすでに断念している。
「イドムもオリックスも、中古車買い取り・販売事業や自動車整備事業、人員、店舗・工場などの資産のみを買い取り、損害賠償の支払いなどの簿外債務の整理は既存のビッグモーターに残したままにする営業譲渡方式を求めていたが、それが通らなかったため断念したとみられる。伊藤忠のデューデリはこれからだが、将来的にどれだけの規模に膨らむのかが見えない簿外債務を抱えたままのビッグモーターを丸ごと買収するのは難しく、最終的には営業譲渡方式が実現するかが焦点となってくる。
だが、ビッグモーターの全株式はいまだに創業者の兼重宏行前社長ら創業家の資産管理会社が保有しており、ビッグモーターの資産価値が事実上ゼロになる方式を兼重家がすんなり承諾するとは考えにくい。ビッグモーターが兼重家に株式を手放すよう裁判を起こしたとして、決着するまでには長い時間がかかり、その間に整備士などの人材の流出が続けば同社の価値は減少するし、赤字垂れ流し状態が続けば買収を待たずに経営破綻する。それだけに、なんらかの形でビッグモーターが創業家に株を手放すよう説得させることができるのかがポイントとなってくる。伊藤忠としても数カ月以内に買収の可否を判断する必要があり、ビッグモーターの売上激減も続くだけに、残された時間は少ない」(金融業界関係者)
伊藤忠グループの自動車事業全体の戦略を変えていくための武器に
ビッグモーターの経営は厳しい。「NHK NEWS WEB」の報道によれば、8月の中古車の販売台数は例年と比べて7割以上の減少、車の買い取り台数は5割以上の減少となっている。8月には銀行団から借入金90億円の借り換えに応じない旨も伝えられている。
伊藤忠がそんなビッグモーターの買収を狙う理由とは何か。また、もし仮に買収したとして、再建を成功させることができるのか。百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博氏はいう。
「ビッグモーターは顧客や取引先からのビジネス上の信用を大きく棄損したうえに、保険代理店の登録取り消しや整備工場の行政処分など、本来の事業遂行もままならない状況に陥っています。このまま創業家が資本を持ち、現経営陣が経営を続けていては事業が早晩立ち行かなくなる可能性が高くなっています。
そのような状況の企業に対して伊藤忠商事が出資をするメリットがあるのか? と一般的には疑問に思う方も多いと思います。デューデリジェンスとは、何らかの買収なり救済を前提にまずはビッグモーターに情報を開示してもらい、現在の経営状況を伊藤忠商事が吟味をする段階です。この段階では、まだ伊藤忠商事にはリスクはありません。
問題は、事業の中身を吟味した次に、どのような形で事業を引き継ぐかです。ここは、さまざまなスキームがあり、同時に伊藤忠商事陣営と創業家の兼重親子の間で駆け引きが行われる部分です。ここまで信用が低下した企業体とはいえ、仮に創業家の影響力がなくなり、経営陣が総入れ替えになるような状況が成立すれば、信用が回復でき黒字体質に戻る可能性は高いでしょう。たとえば伊藤忠ブランドで伊藤忠傘下の別会社が、ビッグモーターの営業権だけを譲渡させて全国250の店舗網、130の工場網、業界随一の中古車在庫などの資産を引き継げば、かつて『売上高7000億円』を誇った頃のような莫大なビジネス価値が手に入ります。
業界としては破格の給与が払われてきた点がボトルネックではありますが、人手不足の昨今、これだけの数の社員をまとまって雇用できる点もビジネス価値が高いです。さらにこれらの営業資産はトータルで見て、今後、モビリティビジネスが大きな変革期を迎えることを考慮すると、伊藤忠グループの自動車事業全体の戦略を変えていくための武器にもなりえます。
そうなると結局のところ、条件次第ということになるでしょう。創業家としては現在会社が抱えている訴訟リスクや巨額になると想定される補償をどれだけ一緒に手放すことができるかが交渉のポイントとなるでしょう。買収する側はできればそれらのリスクをなしに営業権譲渡に持っていきたいでしょうけれども、そのような買い手有利な条件が前面に出過ぎた場合はこれまで同様に今回も破談になる可能性は高いでしょう。
伊藤忠は、デューデリジェンス前の感触ではビッグモーターには事業再生価値が十分にあるという見立てがあったことが今回の動きの前提でしょうから、これらリスクに対して何らかの双方が呑める妥協点を見いだせるかどうかが今後の交渉の争点になるでしょう」
損保業界に大きな影響
ビッグモーターによる不正行為は顧客にもおよんでいた。消費者庁は10月、2022年度に同社に関する相談が約1500件も寄せられていたと発表したが、同社が提供する撥水加工「ダイヤモンドコーティング」をめぐり、営業担当者がコーティングを望んでいない顧客に対し車の販売は困難だと伝え、顧客から約7万円のコーティング料金を取って販売したものの、コーティングを施さないまま納車した事例もあったという(10月1日付「FNNプライムオンライン」記事より)。また、トヨタ「クラウン」の最上級クラス「RS Advance」の購入を希望し購入契約の締結と頭金の支払いも済んだ顧客に対し、営業担当者が5段階下のクラスの車を納車しようとしていたこともあったという(10月5日付「FNNプライムオンライン」記事より)。
同社社員のよる悪質な行為は枚挙に暇がない。車の購入者が代金の約100万円を現金で支払おうとしたところ、店舗の営業担当者から総支払額は変わらないので1年だけローンを組むよう説得され、結果的に120万円を支払う羽目になったり、新品タイヤなど30万円相当のオプションを無償で付けるのでローンを組むよう言われた客が、約束を反故にされオプション分を有償で契約させられたケースも(8月11日付「AUTOCAR JAPAN」記事より)。ビッグモーターに売却した車について冠水した過去はないにもかかわらず、冠水した跡があるとして突然700万円の賠償請求訴訟を起こされたり、店舗で売却のキャンセルを告げると店長から罵声を浴びせられるようなケースもあったという(8月11日付「弁護士ドットコムニュース」記事より)。このほかにも、中古車の一括査定サイトでは、登録した顧客のメールアドレスや電話番号などを入手し、その顧客になりすまして勝手に登録を解除する一方で顧客に接触し、他の中古車買取業者との価格競争を回避する「他社切り」という行為まで横行していたという(8月9日付「FNN」記事より)。
今回の問題をめぐって大きな影響を受けているのが損害保険業界だ。金融庁は9月、損害保険ジャパンとビッグモーターに立ち入り検査を実施。金融庁は、昨年6月頃に損害保険会社各社がビッグモーターとの取引を停止するなかで取引を再開し保険契約シェアを拡大させた損保ジャパンが、昨年7月の金融庁に対する報告で隠蔽を行ったとみており、また昨年7月に大手損保3社での協議の際に、ビッグモーターによる顧客への修理費過大請求について損保ジャパンが『顧客への説明を行わない』旨を発言していたとも伝えられており(産経新聞報道より)、金融庁は厳しい処分を下すとみられている。
大手損保会社4社は現在、計20万件超を調査対象として過去のビッグモーターからの保険金請求を調査しており、9月末時点で約1万7000件に不正の疑いがあるとされる。同時点の調査件数は5万3000件であり、約3割で不正が行われた可能性があることになり、今後調査が進めば不正件数は増加する(9月30日付朝日新聞記事より)。一方、ビッグモーター独自の調査による不正件数は1275件(調査対象は昨年11月以降)で、全保険金申請の約15%となっており、損保会社側の調査による不正事案の割合との間には2倍の開きがある。
(文=Business Journal編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)