ビジネスジャーナル > 企業ニュース > JR九州社長、肥薩線復旧に疑問
NEW

JR九州社長「乗客数十人で税金200億円、価値あるのか」肥薩線復旧に疑問

文=Business Journal編集部、協力=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, ,
JR九州社長「乗客数十人で税金200億円、価値あるのか」肥薩線復旧に疑問の画像1
JR九州・肥薩線(「Wikipedia」より/MaedaAkihiko

 2020年の熊本豪雨で被災したJR肥薩線の全線再開に要する復旧費用、約235億円のうち、国とJR九州が約222億円を負担することについて、JR九州の古宮洋二社長は11月30日の会見で、「本当に地元の方々も税金を使っても価値がある肥薩線なのか、地元も一緒に考えないと」と発言。復旧に懐疑的な考えを示したことが議論を呼んでいる。全国でローカル線の維持・廃線をめぐる動きが慌ただしくなるなか、200億円以上もの費用をかけて肥薩線を復旧させるという判断を、どう評価すべきか――。

 現在、肥薩線は八代駅と吉松駅の区間が不通となっているが、熊本県と沿線周辺自治体は11月、約235億円に上る復旧費の約9割を国と県で負担し、上下分離方式に移行する案をまとめた。当初は県と地元市町村の負担分である約12億7000万円の半分ずつを両者が負担する案が検討されていたが、地元市町村の意向を受け、熊本県は11月、全額を負担する方針を表明。その結果、約200億円を国が、約13億円を熊本県が、残りをJR九州が負担することになる。

 これについてJR九州の古宮社長は会見で、

「肥薩線はこれまで8割とか乗客が減ってきてるんですよ。本当に地元の方々も、税金を使っても価値がある肥薩線なのか、地元も一緒に考えないと」

「国の金を200億使って乗客が毎日ウン十人しか乗りませんでした、というのが本当にいいのか。我々は『持続可能性』。肥薩線を今後どうしていくのかというのが必要じゃないですか」

と発言した。

 古宮社長はこの日の会見で、指宿枕崎線(鹿児島県)の指宿駅―枕崎駅の区間について、

「存続か廃止かの前提を置かず、未来志向で議論したい」

「大量輸送機関としての鉄道の特性が生かせていない線区は、これまでのような取り組みにとどまらず、将来を見据えた議論を行っていくことが必要」

「スケジュールとしては今のところ、ここまでというのを決めて行うとは思っていない。時間がかかるものかと思うが、あまり時間をかけることも好ましくないと思う」

とも語っており、採算の厳しい路線については存続か廃止かの議論を進めていく姿勢を示した。ちなみに同区間は一日当たりに平均何人を運んだのかを示す「輸送密度」が220人であり(2022年度)、過去30年で77%ほど減少している。

JR九州の危機感

 全国では路線の存続・廃線をめぐる議論が活発化しつつある。背景には、10月に地方鉄道のあり方を検討する協議会を国が設置できるようにする「改正地域公共交通活性化再生法」などが施行されたことがある。協議会の運用方針では、輸送密度が1000人未満の区間について優先して協議会を設置するとしている。

 JR東日本は7月、2022年度における新幹線と在来線の輸送密度を公表し、69路線203区間のうち輸送密度が1000人未満は30路線55区間だったことを明らかにした。9路線9区間は輸送密度が100人未満の「限界鉄道」状態であり、千葉県南部を走る久留里線の久留里―上総亀山間(輸送密度:54人)をめぐってはJR東日本が不採算を理由に自治体にバス路線への転換を打診し、すでに協議に入っている。

 JR各社のなかでも、より踏み込んだ姿勢をみせているのが、経営苦境にあえぐJR北海道だ。同社は16年に「当社単独では維持することが困難な線区」を公表。以降、札沼線・北海道医療大学―新十津川間、日高線・鵡川―様似間などが廃止となり、今年3月末には留萌線・石狩沼田―留萌間が廃止に。同路線・深川―石狩沼田間の26年3月末限りでの廃止、根室線・富良野―新得間の24年3月末での廃止が決まっている。

 ちなみにJR九州の古宮社長が「これまで8割、乗客が減ってきている」と言及したJR肥薩線は、民営化された1987年当時より乗客が8割減少しており、2019年時点の輸送密度は414人となっている。

「JR九州は直近の23年4-9月期決算の最終利益が同期としては過去最高となるなど、JR会社のなかでは健闘しているほう。だが、鉄道事業はコロナ禍前の18年同期の約9割にとどまっており、コロナで人流が急減した20~21年度は赤字に陥ったこともあり、JR九州が強い危機感を持つのは当然。廃線の議論は決定に至るまで数年単位の長い時間を要するため、将来に向けて不採算路線の議論開始に向けて地ならしを始めていきたいところだろう」(鉄道会社関係者)

 別の鉄道会社関係者はいう。

「肥薩線は全長124kmで、なかには輸送密度が100人程度の区間もある。そのような路線の全線復旧に200億円以上の税金を投下することに経済合理性があるのかといわれれば、疑問があるのは確かだ。ただ、これだけの長さがある路線の各区間をすべてバス輸送に置き換えるのは現実的には難しく、バス業界も深刻な運転手不足が進んでおり、将来的にバス輸送が継続されるとは限らない。地元市町村が存続を求めるのは理解はできるが、ヒトとカネに限りがある以上、思い切った判断を求められるケースもあるだろう」

 今回、肥薩線に税金を含めて235億円もの費用を投下して復旧させるという判断をどのように評価すべきか。鉄道ジャーナリストの梅原淳氏に解説してもらう。

JR九州にとって難しい選択

 これまでJR旅客会社各社では災害などで不通となったローカル線を極力復旧させてきました。しかし、2000年代に入りますと復旧費用に対して、利用者があまりに少ないとして廃止(JR東日本の岩泉線やJR北海道の日高線の一部)されたり、鉄道としては復旧せずにBRT(バス高速輸送システム)となるケース(JR東日本の気仙沼線や大船渡線のいずれも一部、JR九州の日田彦山線の一部)が相次いで生じています。

 JR旅客会社のうち、本州3社は黒字であった期間が長く、北海道、四国、九州の三島会社も国からの援助を受けていたという背景から、これまで復旧費用への補助はありませんでした。しかし、このような取り扱いではJR旅客会社のローカル線が災害に遭うと廃止は免れないと、国や沿線自治体の補助が認められるようになりました。

 その第一号は2022年10月1日に災害から復旧を遂げたJR東日本只見線の只見-会津川口間でして、約91億円の復旧費用を国、沿線自治体、JR東日本の3者が3分の1ずつ負担しています。加えて、線路や施設を福島県が保有し、列車の運行だけをJR東日本が担当する上下分離も開始されました。今回のJR九州肥薩線八代-人吉間も只見線同様の手法で復旧となるようです。

 肥薩線八代-人吉間の復旧については235億円の復旧費用の3分の2を国と沿線自治体とが負担し、線路や施設の維持費を沿線自治体が全額負担するといっても、JR九州は慎重な姿勢を崩しません。利用者が非常に少ないからです。この区間の2019年度の平均通過人員は414人/日で、JR旅客会社各社が採算ラインとしている2000人/日、何とか黒字を出せる最低限の数値である1000人/日をも下回っています。なおかつこの区間では地元の人たちの利用が非常に低調と考えられ、利用者の大半は災害前にJR九州が運行していた観光列車によるものと思われます。したがって、JR九州は復旧費用や列車運行費用を無駄にしないよう、コストをかけて観光列車を整備し、自前で宣伝、集客しなければならないハンデを背負っていて、恐らくはこの点が復旧に慎重な態度を崩さない理由でしょう。

 国も沿線の自治体もせっかく復旧した肥薩線が利用者の低迷、または赤字の累積を原因として廃止するのは避けたいところですが、利用者を劇的に増やすことはまず不可能です。となると赤字を少しでも減らさなくてはなりません。復旧した只見線はJR東日本の地方交通線の運賃がそのまま適用されていますが、肥薩線の場合は復旧費用を加算運賃として徴収したり、全列車を特急列車、指定席とするなどして料金収入を確保するといった方策が必要となります。また、それでも赤字が減らないのであれば、阿佐海岸鉄道(徳島県・高知県)で実用化されたDMV(デュアル・モード・ビークル)を採用してマイクロバスを走らせるとともに無人運転やオンデマンド運転を導入するなど、バス的な鉄道への転換を図るよう検討しなくてはなりません。

 ちなみに、球磨川沿いの肥薩線を災害に強いトンネルや高架橋を行くルートへの転換が求められているようですが、残念ながら現実的ではありません。復旧費用がかさむうえ、観光路線としての価値は球磨川に沿って進み、災害には弱いが風光明媚な景色を楽しめる面にあるからです。この点もJR九州にとって難しい選択といえるでしょう。

(文=Business Journal編集部、協力=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。
http://www.umehara-train.com/

JR九州社長「乗客数十人で税金200億円、価値あるのか」肥薩線復旧に疑問のページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!