新型コロナウイルスの感染収束が急がれるなか、マツダが開発した「新型コロナウイルス感染症軽症患者等向け搬送車両」に触れる機会を得た。マツダ最大のSUV(スポーツ用多目的車)であり、3列シートを備える「CX-8」を素材に、感染症搬送車としての課題に取り組み、緊急時対応に威力を発揮する。
開発のスタート、広島県からの感染症対策のサポート依頼が発端である。もともとマツダは広島本社近隣にマツダ病院があり、支援活動を行っていた。すでに対面接客場所の感染予防シートを進めていたし、マスクやフェイスシールドも作成していた。その経験を搬送車に生かしたことになる。
だが、開発は容易ではなかった。というのも、当時は全国的に緊急事態が発令された混乱の時期、感染症対策に従事している人は東奔西走しており、車両開発に求められる要件をリサーチするのが困難だったからだ。それでも、医療従事者の理解により開発が進む。
初号機が完成したのは2020年6月のこと。まずは広島と山口の地方自治体に納入。それからも納入先からのヒヤリングを繰り返し、改良を進めていく。2021年1月には、マツダ特装車として全国で取り扱いを開始。7月時点で、82台の納車が完了しているという。
取り扱い開始直後に日本は、最大の感染症患者数を記録した第5波を迎えており、医療崩壊を起こしていた。重症患者受け入れの病床が足りなくなり、搬送の救急車も不足していた。自宅で苦痛にあえぐ患者も少なくなかった。ましてや軽症者を搬送する余裕などない。まさにマツダの開発が、その危機を救ったといえなくもない。
ちなみに、CX-8をベースに開発された「新型コロナウイルス感染症軽症患者等向け搬送車両」は、運転席のある前列と2列目以降が、アクリルの隔壁でセパレートされているのが特徴だ。しかも、前席に外気を導入し、エアコンの風量を高めると圧力が発生する。逆に後席は、ベンチレーションによって車内の空気を強制排気、フィルターを通して排出することで菌の拡散防止にも対策を講じている。
つまり、前席を陽圧に保ち、後席の陰圧をキープすることで、空気は前から後ろに流れる。軽症患者の菌が前席に逆流することはほぼないのである。差圧計がコクピットに設置されているから、常に作動状態が正常であるかを確認できる。
後席のシートは、取り替えやすいようにビニールシートで覆われている。フロアマットも同様に、清掃しやすいゴム素材である。
前席と後席の間には隔壁があり、会話は困難になる。そのために前後間の通話が可能な電波式のハンズフリー通話システムを備えるというきめ細かさだ。肺を患っている感染者も少なくない。医療従事者とのコミュニケーションによって組み込まれたシステムであろうと想像する。
2021年11月時点での感染症陽性患者は大幅に減った。だが、このまま終息する保証はどこにもなく、第6波への備えも必要だろう。マツダが開発した「新型コロナウイルス感染症軽症患者等向け搬送車両」が必要にならないことを期待したいが、備えとしては頼もしい。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)