話題のトヨタ「ミライ」、試乗の感想「最高」 課題は「ユーザのメリットのなさ」克服
ホンダは「FCVコンセプト」と称して2015年度中にFCVの市販を目指すというものだったのに対して、トヨタは正式な市販車両発表で、12月15日という具体的な発売日も明かした。車名は「MIRAI(ミライ)」で価格は723.6万円(税込)、取り扱いディーラーはトヨタ店、トヨペット店となる。
6月に経済産業省は「水素・燃料電池戦略ロードマップ」をまとめ、7月には安倍晋三首相がミライのプロトタイプに試乗。そこからFCVに対する一般の関心も大いに高まり、年末のトヨタとホンダによるビッグイベントに向かって地ならしが行われてきた。東京都の舛添要一知事に至ってはミライ試乗後、「2020年の東京オリンピック開催時に会場周辺で使用可能な車両はすべてFCVにしたい」と発言。官民一体となって自動車産業の未来を盛り上げる気運が高まっている。
●トヨタ車の中で最高レベル
燃料電池の仕組みや各社の取組みについては、すでにさまざまなメディアで取り上げられているが、「旧世代車」を愛してやまない筆者が「究極の次世代車」と称されるFCVのミライに試乗した率直な感想と、FCVの抱える課題について報告したい。
試乗会は、未登録車であったためクローズドコースを貸し切って行われた。サーキットではなく、適度に路面の荒れた自転車用コースであり、ロードカーの秘密テストには好適な場所だといっていい。
「自動車の次の100年のために、今やらなければならない」という開発責任者の熱いプレゼンテーションの後、コース脇に並べられたミライに案内された。細かな仕様以外、市販モデルとまったく同じ仕様であるため、特別なレクチャーを受けなくても一般的な自動車と同じように操縦できる必要がある。そうでなければ次世代車としては失格といえよう。
実際にミライに乗車すると、苦もなくほとんど音もなく走り出したが、1点悩んだのは、パーキングブレーキの解除方法がわからなかった点だ。未来を担う最新モデルのため電気自動車(EV)式だという思い込みが、足踏み式の存在を見過ごさせた。悪いのは見逃した筆者のほうだが、「夢の自動車に旧態然とした足踏み式なんて」と悪態のひとつもつきたくなる。
ちょっとしたマイナス査定からのスタートとなったが、ひとつめのコーナーを曲がったあたりで、もうおつりがくるほどプラス査定へと印象が変わった。
ミライ、クルマとしてなかなか良いです。
まず、これはEV系(FCVも水素を電気に変えて走るため、EVに分類できる)に共通するフィールだが、はっきりと腰下が重く、どっしりとしていてタイヤの付いた重いテッパンに乗っている感覚がある。だからといって、電動カートのように本当にフラットな板が動くようなライドフィールではない。シャシーとサスペンションがしっかりと仕事をこなしているから、フラットだが心地良く、滑るように重厚な走りをみせた。乗り心地は良いといってよい。
さらに評価できるのは、そこから先の自動車の動き全般だった。通常、EVやハイブリッド車(HV)は重い電池を積むがゆえに低く落ち着いた印象はあるものの、乗り心地以外にも曲がっている最中や後に妙な重量感が残って、ドライバーの思い通りに走っているという感想をなかなか抱くことができない。これまで試乗したEVの中で、イメージどおり、もしくはそれ以上に楽しかったのはスポーツカー系を除くとBMW「i3」とテスラ「モデルS」だけだ。
ミライは実に楽しい乗り物だった。加速性能は一級品で、特に追い越し加速に想定されるような場面で、静かに風を切って速度をあげていく様子が、まるで新幹線が個室になって動いているようである。そして、何より感動したのが、曲がりっぷりの素直さだ。連続するコーナーをものともせず、面白いように駆け抜ける。「レクサス」と商用車系を除く今のトヨタの自動車ラインナップの中で最高ではないかと思ったほどだ。筆者が好むクラシックカーとは違い、罪悪感なく踏み込んでいける加速を存分に楽しみながら、「日本のクルマづくり」もまだ捨てたものじゃないと再確認できた。夢のクルマFCVで再確認できたというのが何よりも嬉しい。
●FCV普及へのカギ
何年か前まで燃料電池のシステムは1台1億円もした。大きさも巨大ゆえビッグサイズのテスト車が多かった。ミライはまだ普及価格とはいえないまでも補助金を使えば500万円台で購入できるまでになり、サイズも一般的な乗用車と同じになった。このトヨタの企業努力はすさまじい。
独自動車メーカーも積極的にFCV開発を進めている。「次世代のエコカーとしてEVとFCVはどちらが本命か」という議論がしばしばなされるが、こうした議論は不毛だ。使用目的や環境によって、エンジン車やハイブリッド車も含めてさまざまなタイプの中から選べる時代が来たのだ。
例えば、現時点で一般ユーザがFCVを利用するメリットはほとんどない。車両価格は高くデザインに制限があり、水素ステーションのインフラはないに等しく、ランニングコストもHVやEVに比べて見劣りする。極論すればユーザが得られるのは、「CO2を出さないクルマに乗っている」というエコ意識の自己満足しかない。もっとも、水素の製造・輸送プロセスなどを含めトータルに考えれば、天然ガスを改質して水素をつくっている限り、「FCVは環境に良い」とは言い切れない。長距離運搬トラックなど何かに特化したほうが、FCVの未来は明るいだろう。要するに、選択の自由はあくまでもユーザの側にあるのだ。
未来のために、すべての技術を利用可能にしておくことは大切なことである。歴史をみても、商品より先にインフラ整備が進んだという事例は少ない。さまざまな技術が立ち上がり、商品として提供され、それが本当に魅力的であった時にインフラ構築が進み、ビジネスとして確立されていく。
要するに、FCVやEVなどのエコカーにしても自動運転技術にしても、多数の消費者のニーズが高まった時に普及フェーズへ突入する。政府やメーカーは、その欲求を喚起し道筋をつけて加速することはできても、消費者の支持がないかぎり自立した商品にはならない。啓蒙も大切だが、本当に魅力的な商品であれば誰もが自然と欲しがるのだ。そういう意味では、トヨタは今一度HV「プリウス」普及に成功した過去のロードマップを検証して、FCVの未来をさらに確実なものにしていく必要がある。
プリウスを知ってミライを語る――。そんな温故知新が、高い技術を継承してきた歴史を持つメーカーの力と魅力なのだから。
(文=西川淳/ジュネコ代表取締役、自動車評論家)