昔と変わらずこうした手法を取り続ける理由を、吉田輝幸社長は次のように語る。
「まず、創業者の吉田吉蔵(輝幸氏の父)が生前、『絶対に日本の職人さんを絶やさんでくれ』と言い続けていたこと。そして、そうした情の面だけでなく品質面においても日本の職人さんのレベルは高いのです。私どものカバンは、丈夫さとお客様の使い勝手を追求しており、たとえば一般的なカバンが1回縫う箇所でも、当社のカバンは耐久性向上のために5回縫うことがあります。そうした要求に、日本の職人さんは期待以上に応えてくださるのです」
90年代から増加した海外生産にも、同社は一切目を向けない。これも創業者の「海外生産は絶対にやめてもらいたい。オレが死んでもこれは守ってくれ」との遺言に基づくが、「当社の製作手法と海外生産は合わない」と輝幸氏は語り、さらにこう続ける。
「海外での生産は、家電のように工程を管理して行う単一商品の大量生産には向くでしょうが、約4000種類のアイテムがある吉田カバンの多品種少量生産には向きません。しかもデザイナーと職人さんが1対1で向き合って製作する当社の手法は、日本のように多くの熟練職人さんがいて毎日のように行き来ができないと絶対に無理です」
「吉田カバンにかかわる人ならやっていますよ」と語る職人
同社のカバン製作にかかわる職人を取材すると、言われたこと以上のことを行うクラフトマンシップを感じる。製作中に「ここはこうしたほうが品質も上がる」と考えると(同社と相談をしつつ)自主的に取り組む。たとえば、次のような工夫を施すのだ。
・「ポーター」の牛革ビジネスバッグの製作にかかわった職人は、カバンの「ハンドル」と呼ぶ把手部分を工夫して、テープを下まで伸ばして縫っている。さまざまな荷物を入れて重くなってもハンドル部分が抜けないための工夫だという。さらに、ファスナー部分の先をラウンドさせて、消費者が開閉する時にファスナーがかまない工夫も施した。
・同社では原則として製作した工房が修理も担当するため、修理依頼品を見て「この部分が弱かったんだな」と製作時には気づかなかった弱点を知ると、展開中の商品の場合は、中に入れる芯材を変えて補強した。
この職人は取材の際に「そうした工夫は、吉田カバンにかかわる職人なら誰でもやっていますよ」とさらりと語っていたのが印象的だった。
同社は毎年、春と秋に「新製品展示会」を行うので、新製品の場合、製作期間はおよそ6カ月だ。この短い期間でデザイナーの企画案を基に、最適な素材を調達して裁断・縫製を行い、試作品をつくり、それを細かく修整した製品だけが展示会会場に並ぶ。