最初に職人が仕上げた試作品は「ファーストサンプル」と呼び、使い勝手や持ち方、デザインバランスなど多方面からデザイナーがチェックして修整点を決め、セカンドサンプルが仕上がる。ここでもさらに修整が入り、多くはサードサンプルとして仕上がった品が展示会に並ぶ。必ずしも3回で終わるとは限らず、7回修整した例もあるという。
とかく効率性を重視しがちな現代のビジネス社会において、効率性とは程遠い手法で品質重視のカバン製作を行う。だからこそ、同社の商品は「世界一細かい」ともいわれる日本の消費者に人気なのだろう。
創業者の信念を、現在の役員・社員は受け継いでいるか
創業者の吉蔵氏は、「日本一、クオリティにこだわったカバンメーカーでありたい」という願望があったという。1989年7月16日付読売新聞で、吉蔵氏はこう述べている。
「舶来品に負けないものをと思って、ずうっと頑張ってきましたよ。安くて、似た物ならいいって考える人もいましたけどね」
同社の社是は「一針入魂」だ。野球の造語「一球入魂」にヒントを得たこの言葉は、創業者の口ぐせでもあった。
同社は、この社是を社内外に知ってもらう活動も行っている。たとえば、2012年から続けている新入社員研修に「手縫い製作」がある。参加者は一日で仕上がるペンケースやカードケースなどを選び、自分で針を動かして手縫いで作業を行う。近年の新卒社員は入社前年の秋に内定式を行うが、その内定式が終わって最初の実務がこれだ。
講師役は吉田社長の姉で手縫い職人である野谷久仁子氏が務め、個人差はあるが6時間ほどで製作するという。野谷氏は創業者である父の晩年、10年近くにわたって手縫い技術を直伝された人で、自らの工房で手縫い教室も主宰する。参加者の感想で目立つのが「一針入魂の本当の意味がわかった」「職人さんの仕事の大変さが理解できた」などだ。
また、同社の直営販売店である「クラチカ ヨシダ 表参道」では、店内に併設した工房で職人が作業する姿を見ることができる。訪れる日によって職人は替わるが、取引先の職人ではなく、同社製作部に所属する村林麗子氏と安藤学氏、日によっては野谷氏も作業する。取材の際に村林氏が、「野谷さんを通じて創業者とも対話できている気がする」と話していたのも印象的だった。