この点について、確たるデータがあるわけでないが、筆者が財務官僚の頃、1年だけ地方の税務署長を経験したことがある。そのとき、地元の有力者から「若い署長さんが来たので、ご祝儀に今年は税金を払います」と言われた。その年の確定申告では、近隣の税務署と比べてこの税務署の税収は多かった。
あとでわかったことだが、本省キャリア署長は若いから、しばしば前例のない税務調査を行ったりするので、ご祝儀ではなく「無茶なことをするな」というメッセージだったのだ。納税者のスタンスいかんで税収が左右されるのかと実感したエピソードだった。14年度は消費増税等の話題が多く、納税者がより「まともな申告」をした可能性がある。
解消されるべき、内閣府と日銀間の認識の乖離
今回の日銀レポートでは、米国における分配面からのGDP推計にも言及している。税収面からGDPを推計するのは方法論としては間違っていないが、日本では申告率や申告度合いが年によって変わる。一方、米国では申告率や申告度合いが安定的で、税務統計がより実際のGDPを反映しているとされる。なぜなら、税務番号(社会保障番号)が長い間社会へ定着してきたからだ。
米国では、税務申告では社会保障番号の記入が必須だし、社会保障番号は銀行口座を開設するときも必須である。となると、税務申告の虚偽を当局が把握するのは難しくない。もともと現金取引の割合が低い米国で銀行口座を押さえれば、納税者の資金の流れを容易に把握できる。
一方、日本ではようやくマイナンバー制がスタートしたばかりだ。しかも、税務申告ではマイナンバー記入は必須でない。こうした事情もあって、税務統計がGDPを反映しているとはいいがたい状況だ。
GDPは各種データから多面的に見る必要がある。もし今回の日銀レポートが正しければ、日銀が別に推計している潜在GDPを大きく上回ることになって、猛烈な賃金上昇がないとおかしい。黒田総裁を擁護するためのレポートかもしれないが、「ちょっと無理がある」といえよう。
いずれにしても、内閣府と日銀の間で意見の相違があるのは好ましくない。せっかくの機会なので、経済財政担当相と日銀総裁が共に出席する経済財政諮問会議でしっかりと議論してもらいたい。
なお、内閣府と日銀の間には潜在GDPやGDPギャップについても見解の相違があるようだが、これらの数値は景気対策の規模やタイミングを大きく左右するので、この際に両者の意見相違を調整すべきである。
(文=高橋洋一/政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授)