普段われわれに馴染みのあるテレビCMも、数多くのCMに埋もれないよう、そして記憶に残るよう、インパクトの獲得を重要視します。
しかしながら、新たなテレビCMをオンエアするにあたっては、各テレビ局に厳しい「考査」といわれる審査があり、不適切な表現内容に対しチェックが行われます。この「考査」に通らないとテレビCMとしてオンエアすることができません。ある意味、映倫のような存在です。
そうした第三者目線による「世間一般の良識のモノサシ」が適用されないPR動画は、動画を管理し公開する側の判断がほとんど、つまり自由な世界といえます。PR動画をつくる制作プロダクション等はインパクトを重視し、話題を取りにいく傾向が強いと考えられます。それだけに、管理する側の自治体担当者が、批判に対する“想像力”と“繊細さ”を持ってしっかり対応していく必要があります。
PR動画の元手は国民の“税金”
うなぎ少女動画の騒動で日本中の多くの人が、志布志市のことを知ったり、志布志市を思い出したり、志布志市とうなぎのイメージを結びつけるようになったことは間違いないでしょう。結果、ちゃっかりと志布志市のふるさと納税額は、前年度より増加する可能性があります。
志布志市の担当者は「ほかの自治体と少しでも違う動画をつくろうと思い“攻めた”結果」と語っています。
PR動画の制作段階で、その内容や言葉遣い、言い回しや映像表現には、市役所担当者を含めた制作サイドとの議論はあったはずです。
確かに、インパクトを獲得し話題性につなげるために“攻める”こと、ある程度の角を立てていくことは必要です。一方で、奇をてらったことによる世間からの反感に対しても、十分な事前考慮が必要です。自治体の担当者は、両刃の剣であることを心して取り組むことが肝要といえましょう。
PR動画制作の際に何より忘れてならないのは、PR動画は“地域を代表”し、全国、世界にまで「ひとり歩き」していくメッセンジャーであるということです。まさに、「まちの親善大使」といった存在です。他人の気持ちを傷つける表現は、「地域のブランド」や、発信するその地方に住む「市民の良識」まで、世界規模で疑問視されることになりかねません。
そして「やったもん勝ち」的に短期的な利益を上げても、中長期的にはブランドに大きな汚点が残ることも忘れてはいけません。
血税が投入されていることを再認識したうえで、知事、市長、町長、村長といった自治体トップを含めた自治体担当者が「親善大使」をつくる意気込みで真剣に取り組むことが大切なのです。
また、われわれ視聴者も自分たちが納めた税金が使われていることを念頭に、厳しい目で地方PR動画を見ていくことが、良い意味でのチェック機能として働いていくと考えます。
(文=鷹野義昭/CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター)