「国産&オーガニック、おもてなし」一辺倒で十分か?東京五輪フード・ビジョンの盲点
このレッドトラクター制度を運営するのは、全国農民連合(NFU)という組合で、イングランドとウェールズの農家の半数以上(5万5,000 人)が加盟している。レッドトラクター制度は、会員農業者に対する農業の持続可能性への指導と農産物のトレーサビリティを実現する役割を担っている。こういう長年の取り組みが背景にあってのロンドン五輪のフード・ビジョン提唱なのだと納得させられる。
今から20年までに、日本でレッドトラクターのようなシステムや制度ができ上がることは到底考えられないだろう。しかしながら、五輪の精神にある「持続可能性」をテーマに、日本の食品や農業界にとって、意味のあるフード・ビジョンが描かれることを望みたい。「国産かつオーガニックを優先」という表層的な調達基準で、日本の農業界に付け焼き刃のオーガニック風をふかせるだけにならないようにしてほしい。
消費者の関心と責任
先ほど、オーガニックという言葉の解釈が狭すぎると書いたが、筆者なりに定義づけるなら、オーガニックは単に農法の話ではない。「持続可能性を追求した農業のあり方、またそれに対する責任」と読み替えたい。
農家も事業主であるから、企業理念と同じで、各農家は生産者理念のなかに、持続可能性をどこまで取り入れるかは、それぞれの考え方次第だと思う。掲げた理念を実現するために農家は、さまざまな企業努力を行う。アプローチ方法は自由で、それぞれの農家が創意工夫をするようでなければならない。「これをしては駄目だ」という「減点法」ではなく、自主的によいことに取り組み、それを評価するかたちのほうが望ましい。「○○しない」「使わない」ことに焦点を当てるのではなく、「やってきたこと」「大事に育み、残してきたもの」を評価する。
日本の農業界にも、そういう事例、優れた取り組みは散見できる。さらに、新しい気運と人材、そして土壌そのものを評価する技術も現れてきている。東京五輪に向けて大きなムーブメントになる可能性は残されている。
一方で私たち消費者は、洋服や化粧品、クルマや家電のメーカーの姿勢や取り組みを厳しくチェックしていると同様に、その農産物がどのようにつくられたのか、メーカーとしての農家そのものにもっと興味を示すべきだろう。米や野菜を買う店舗で、食事をするお店で関心を示してほしい。
皆さんの周りにも、努力を続けている農家さんがいるはずで、まさに東京五輪に向けて、彼らを後押しすべきだと思う。