バリバリ働き&遊ぶ彼の充実した人生は、彼自身が「つくった」…トヨタ流コストをつくる発想
人生も自らつくるもの
「自らつくる」という点では、人生も似たところがある。人生には、病気や災害など、人間の力ではいかんともしがたいものがあるのは事実だ。抗うことのできない運命はしようがない。しかし一方で、自らの意思でつくれる部分もある。
今年の正月も多くの方々から年賀状をいただいたが、そのなかで気になるのは、友人からの年賀状のなかにしばしば同じフレーズを目にすることだ。
それは「相変わらず」というフレーズである。
「相変わらず研究所にいます」「相変わらず○○の開発をしています」「相変わらず○○会社で営業しています」等々。文面からは必ずしも満足していない様子がにじみ出ている。
一方で、自ら立ち上げたビジネスでバリバリ働き、休暇で行ったと思われるイタリアやドバイと思しき写真を数多く載せてくる友人がいる。こちらはいかにも充実した日々を送っていそうだ。妬まれやしないかと心配になるくらいである(本人は本人なりにいろいろ大変だとは思うが)。
後者の友人がなぜそのような人生を送っているかといえば、本人がそういう人生をつくってきたからだ。リスクを顧みず会社を辞めたのも、自らビジネスを立ち上げたのも、それを成功させたのも、すべて彼自身なのである。そうしようと決め行動したのも自分だし、何も行動を起こさずに相も変わらぬ日々に甘んじているのも自分自身だ。
「自らビジネスを立ち上げても、成功しなかったらどうするんですか?」と聞く人がいるが、「成功するかしないか」なのではない。「成功させるかしないか」なのである。主語はすべて自分なのだ。
私は若い会計士から「どうやって独立したのですか?」という質問をときどきされる。そのときの私の答えはいつも決まっている。「独立しようと思ったから」。それ以外の答えはない。
コストも人生も、すべてが自らの意思でどうにかなるものではない。むしろ、どうにもならないことのほうが多いかもしれない。だからこそ、どうにかなるところぐらいは能動的につくり込んでいくことが重要なのだと思う。
実は、「どうにもならない」というのも、自分でそう思っているだけかもしれない。限界の多くは自分でつくっていたりもするのだ。
言うほど簡単なことではないが、主語をすべて自分にしてみると、今よりも能動的に人生をつくっていけるかもしれない。
(文=金子智朗/公認会計士、ブライトワイズコンサルティング代表)