3月19日からアメリカのラスベガスで開催された、大手小売店とECサイトが一堂に集結する世界最大級のコンベンション「Shoptalk」に参加した。毎回のことではあるが、檀上に上がって討論を行う内容自体はおもしろくはあるが表面的でもある。この手のコンベンションでは、オフラインで参加企業にアプローチして得られるインタビュー情報のほうが重要だ。
ちょうど日本ではイトーヨーカドーやイオンなどの大手GMS(総合スーパー)の業績が悪いというニュースを耳にすることが多くなってきているので、アメリカではどうなのか独自の情報収集を進めてみた。カンファレンスの舞台では語られないそれら情報について、簡単にその内容をお伝えしようと思う。
ひとことでいえば、アメリカの大手GMSは今でも業績が良い。ウォルマートの業績に陰りが出てきたなどといわれるが、業績は横ばいでも稼ぎ出している営業利益は日本円にして約2.6兆円の規模に相当する。赤字基調のイオン(GMS事業)やイトーヨーカドーと一緒にしてはいけないのだ。
その業績の違いについて訊ねると、「日本は集客の武器であるポイントや電子マネーをプリミティブ(初歩的)にしか使えていないところが大きいのではないか?」という意見を頂戴した。確かに心当たりはある。
具体的に指摘された点として「日本ではポイント、期間限定ポイント、クーポン、電子マネーの役割区分が経営陣にはっきりと理解されていないのではないか?」と言う。せっかくなので、今回はこの点を紹介してみよう。
アメリカの大手小売店が業績を上げるための武器として、スマートフォン(スマホ)に実装するウォレット(財布)が重要視されている。そのウォレットを構成する要素にポイント、期間限定ポイント(インタビューではキャッシュという言葉を使っていたが、日本ではこの呼び名が通っているので、以下「期間限定ポイント」で統一する)、クーポン、電子マネーの4要素がある。
アメリカの小売店の経営者の関心事は今や、このウォレットを使うことで顧客のロイヤリティをどれだけ上げられるのか?だ。顧客セグメントごとに来店頻度がどれだけあがるか? 購買金額がどれだけあがるか? 利益にどれだけ貢献してくれるか?を詳細に分析している。
遅れる日本小売業のポイント活用
では、そのために上記ウォレットの4要素はどう使われているのか?
ポイントは、日本と同様にアメリカの小売店でも基本要素として使われている。顧客はポイントが好きなので、ポイントは顧客に繰り返しお店を利用してもらう基本要素となる。
来店促進策としてポイント還元率を上げることは効果的だ。日本で有名な例は高島屋で、年会費2000円の赤いタカシマヤカードに加入することで、一般商品のポイント還元率が8%になる。
ここに、高島屋は「ポイントアップ」という来店施策を組み合わせている。各店ごとに不定期にポイント還元率が10%に上がるのだ。この施策の来店効果はとても良い。ポイントアップの時期になると高島屋の化粧品売り場が目に見えて賑わうことがわかる。顧客はこの時期に、値引きされない高級化粧品を買いだめするのだ。
日本の大手小売店は、概してポイントの導入には力を入れている。しかしその話をアメリカ人にすると、「なぜ、期間限定ポイントを来店施策に使わないのだ?」という、真っ当な質問を投げかけられてしまう。
期間限定ポイントは、楽天市場やヤフーショッピングの利用者にとってはおなじみの施策である。これらのECサイトでキャンペーンがあるごとにじゃかじゃかとポイントが還元されるのだが、その大半は期間限定ポイントだ。
期間限定ポイントは、キャンペーンで何かを購入してか1カ月後ぐらいに一斉に付与されるのだが、その利用期間はヤフーを例にとると1週間から15日程度と非常に短い。そのように短期間しか利用できないキャンペーンの期間限定ポイントが、私の場合、毎月数千円単位で付与される。数千円が消えてしまうのはもったいないので、毎月私はそのポイントをきちんと使用している。つまり期間限定ポイントは、顧客の再来訪を促す強力な武器なのだ。
ECサイトで当たり前のように用いられ、来店施策として効果があるこの期間限定ポイントを、日本のリアル店舗の小売店はなぜ使わないのか? というのがアメリカの小売関係者の素朴な疑問である。
さきほどの高島屋の例でいえば、「10%を通常ポイントで還元するよりも、1%の通常ポイントと9%の期間限定ポイントを付与すれば、翌月も大量の顧客が来店するのに、なぜやらないのか?」ということになる。
ちなみにこの期間限定ポイントが来店に効くかどうかは、業態とポイントの額によって効果が違う。顧客の来店頻度がそもそも多い食品スーパーやコンビニでは、期間限定ポイントの効果は通常ポイントとあまり変わらない。一方、大手GMSや百貨店で、食品売り場以外の一般商品についてはかなりの来店効果が見込める。ポイントの額については期間限定ポイントが日本円にして1000円以上付与されると、来店効果が顕著にみられるようだ。
その考え方でいえば、百貨店がポイントアップ分を期間限定ポイントのかたちで付与するようにしたうえで、その期間限定ポイントが使える対象を通常価格の一般商品(食品を除くという意味)としたほうが、来店効果は大きいわけだ。せっかくITが進化して、そのような面倒な設定が簡単にできるようになったのだから、やってみたらどうかとアメリカの小売店の関係者は口にするわけである。
4要素のうち、クーポンについては説明は不要だろう。ただアメリカの場合、スマホアプリで提供されるクーポンは特定の商品を大幅に値引きするクーポンが主流だ。お店全体で300円オフといったクーポンが主流の日本と、ややこの点は違うかもしれない。
電子マネー
さて電子マネーについては、日本でもnanacoやWAONなど導入が進んでいるが、アメリカの小売の電子マネーについての基本的なスタンスは、日本と若干違う。アメリカではそもそも日本のように現金で決済する顧客が少ない。大概の顧客はVISAかマスターカードのクレジットカードないしはデビットカードで支払いをする。
そうすると、どうしてもそれらカード会社に売上の3~5%をもっていかれてしまう。ここがアメリカの小売店が、電子マネーを積極的に導入する一番の理由だ。この点で圧倒的に先を行っているのが、アメリカのターゲットという大手GMSだ。
ターゲットでは、顧客の口座から直接代金を引き落とすかたちで電子マネーカードを設計し、カード会社に持って行かれていた手数料をほぼ自社で取り込むことに成功した。そのうえで、その手数料分を電子マネーを利用した際のポイント還元で顧客にお金を返したのだ。
どうせお金を持って行かれるなら、カード会社に持って行かれるよりも、顧客に返したほうがいい。そうすれば顧客がどんどん使ってくれるようになる。だから業績があがるというのがターゲットのロジックで、実際にその目論見通りに業績は向上している。
このようにポイント、期間限定ポイント、クーポン、電子マネーの施策を柔軟に組み合わせて顧客を囲い込むというのが、アメリカの小売店のウォレットの考え方だ。この視点で比較すると、日本の小売店はまだやれることをやりきっていない。業績が悪いと悩んでいる日本の大手小売店は、不採算店の閉鎖を検討する前に、ウォレットの武器を十分に使い切っているかどうかを、先に検討してみてはどうだろう?
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)